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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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カルシウムイメージングで光って見えた「活動するニューロン」

———「1年で終わる」と言われて始めた研究が新たな仮説につながったということですが、いったいどんな研究ですか。

ひとことで言うと、魚が視覚情報をどのように行動に結びつけているかを探る研究です。
魚は水中に生息しているときに自分の位置を一定に保とうとして、景色が前に流れていったら自分が後ろに移動したと判断して前に動きます。逆に景色が後ろに流れる場合は、前に進んでいると判断してUターンします。このとき実際に移動するだけでなく、「視運動性眼球反応」といって、目(眼球)も動かすんですね。一方、景色が回転するときには体は動かさず、目だけを動かして像のブレを修正します。
そこで、魚の目の動きとそのときに活動する神経細胞を解析することで、景色の動きを魚がどのように識別して行動につなげているのかを明らかにしようと実験を組み立てました。

———具体的には、どのように実験を進めたのですか。

ゼブラフィッシュをアガロース(寒天のゲルを形成する成分)で固定して、縞模様を見せるんです。目だけは自由に動かせるように、目のまわりはアガロースをくりぬいておきます。縞模様を回転させたり、前後に動かしたりすることで、ゼブラフィッシュが水の中で景色を見ている様子が再現できるわけです。

———縞模様を動かすときは、回転ドラムか何かを使うんですか?

コンピューターのモニターに縞模様を映し出します。縞の幅を変えたり、動かすスピードを変えたりするのはプログラミングで調整します。このプログラミングを覚えることから研究がスタートしました。

———最初はどういうことから調べていったのでしょう。

ゼブラフィッシュの視覚をつかさどる領域は10個ぐらいに分かれているといわれていて、バイヤー先生はそのうちの1個が縞を見たときに反応するエリアだろうと目星をつけていて、オプトジェネティクスを使って人為的にその領域を活性化させたら縞を見ているときのようなゼブラフィッシュの行動が見られるはずだ。ツールは揃っているし、実験をやるだけだ、って感じだったんです。

———簡単そうに聞こえますが、すんなりとは進まなかった、と…。

たしかにオプトジェネティクスで変化はあって、視蓋前野が視運動性眼球反応に重要な領域だということを突き止めました。視蓋前野は目からの情報を受け取る部位のひとつですので、景色の動きに関する情報が脳へ入ってくる入り口を見つけたことになります。でもそれだけではきちんとした証明にはなりません。そこで次に、縞模様を見せたときに視蓋前野がどのように活動するかを調べるために、脳全体を「カルシウムイメージング」で可視化する実験に取り組みました。
これは、ニューロンが活性化しているときはカルシウムイオンの濃度が高まることを利用して、どのニューロンが活動しているかをリアルタイムで観察できるイメージング法です。

———生きている動物の細胞が光って見えるわけですね。ニューロンが光って見えたときはどんな気持ちでしたか?

なにしろゼブラフィッシュに縞模様を見せて視蓋前野のニューロンが光るのを見た人はそれまでだれもいなかったのですから、最初に見たときは感激しました。でも「やった!」というより、共同研究者と一緒に顕微鏡を見ながら「これ、反応しているよね」と、じわじわとうれしさが湧いてきた感じでした。


A:受精後5日目のゼブラフィッシュ稚魚。矢印は運動視覚刺激の方向を示す
B:カルシウムイメージングの例。Pretectumは視蓋前野。さまざまな動きの映像を見せることにより、異なるニューロンが活動する。活動パターンを定量的に解析することによって、視蓋前野がどのように視覚情報を処理しているかについて、新たな仮説を提唱した。

———実験の過程で苦労したのはどんな点ですか。

数千個ある視蓋前野領域のニューロンについて、左目と右目が受け取る景色の流れの有無や方向性、回転なのか並進なのかなど、それぞれのパターンでニューロン活動のオンオフを記録して反応パターンを体系的に分類していったんです。
肉眼では見落としがありますから、映像データの1枚1枚の静止画ごとに、座標軸のピクセルのどの位置がいつ光ったかを自動的に抽出していくプログラムを組んで、データを解析するんです。データ解析は共同研究者と一緒にやりましたが、ムービーを撮っている時間の10倍以上がかかりましたね。

———実験ごとに条件がズレたりすると解析が大変ですね!

1匹あたり、15のムービーを2時間ぐらいかけて撮るのですが、そのうち1回でも失敗するとその魚のデータが使えなくなってしまう。ですから最初に実験のデザインをきっちり組み立てて、緻密に注意深く、手順通りに進めなければなりません。

———辛抱強さが必要ですね。一連の研究でわかったことは?

縞に反応する視蓋前野のニューロンの中にもいろいろな役割分担があって、前に動くものだけに反応するとか、後ろだけなど、予想以上に複雑でした。従来は視蓋前野は、網膜で受け取った視覚情報を高次脳領域に引き継ぐ単なるリレー役と考えられていましたが、ずっと複雑な情報を処理していると思われます。