公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

DNAで植物の系統を調べたい

———大学院に進むにあたって、テーマ選びは?

標本を作って分類していくのはすごく面白かったんですが、調べると本によって書いてあることが違う。例えば、花の咲く植物で一番原始的なのはモクレンだと書いてある本もあれば、花びらのないドクダミの仲間だとか、結構バラバラなんです。どの花が何に近いという類縁関係でも、例えばキンポウゲはバラに近いという人もいるし、そうではないという人もいる。類縁関係とか系統関係は古くからずっと研究されているはずなのに、いろいろな見解があるんです。

———学者によって考え方に違いがあるというわけですか?

そうなんです。大学内の図書館で手に入る本をかたっぱしから読んでも、その答えは得られない。そんなときに出合ったのが長谷川政美先生(統計数理研究所名誉教授)の『DNAからみた人類の起原と進化』という本でした。
人類についても、ヒトに一番近いのはオランウータンじゃないかとか、チンパンジーだとか、いろいろな議論があったんですが、DNAを調べたらチンパンジーが一番近いということがわかりやすく書いてあって、それなら植物についてもDNA を調べればわかるはずと、植物で分子系統学をやりたいと思ったわけです。

———DNAを調べて植物の系統を明らかしようというわけですね。

ところが、大学院の面接試験を受けたとき、「DNAを使って植物の系統を調べたい」と言ったら、「DNAで調べるなんて、君はそんなに簡単にできると思っているのかい」とたしなめられました。

———当時は植物のDNAの研究はまだ進んでなかったんですか?

1987年当時は、植物のDNAの解析はとても難しかったんです。コムギのミトコンドリアで系統関係が調べられている程度で、植物からDNAをとることすら大変。野生植物について遺伝子を調べるなんてまったく無理な時代でした。ですから私の発言は非現実的に聞こえたのでしょう。でも、大学院の指導教官が岩槻先生で、昔の京大出身者らしく「長谷部くんなあ、好きなことやったらええで」と言っていただいたのには救われました。

———動物のDNAと比べて植物のDNAをとるのはそんなに難しかったのですか?

大学院に入った当初は、どうやって植物からDNA をとるかというところからスタートしたんです。今の学生は信じないでしょうけど、それこそ本郷での酒を飲みながらの会話で「植物はDNA がないんじゃないか」と、まことしやかにささやかれたほどです(笑)。

———とれない理由は?

植物って、山芋をすりおろすとネバネバがたくさん出るように二次代謝産物がとても多いんです。あのネバネバの原因はポリサッカライドという多糖類です。DNA も多糖なので分離が難しい。だから水溶液にすると多糖も一緒にとれて、ものすごく粘るDNAがとれてきちゃったりする。それから例えばリンゴを切っておいておくと茶色くなるけれど、ポリフェノールもたくさん入っています。なので色もさまざまで、赤い DNAとか茶色のDNA、黄色いDNAというのもあって、とにかく大変でした。

———いったいどのようにチャレンジしたんですか?

それはね、東大のシステムってすごくよくて、学部の卒業研究は大学院で所属することになる研究室とは違う研究室に行かなければいけないルールだったんです。それで半年間、遺伝学研究室に通って、沓掛和弘先生というサルモネラ菌の鞭毛の遺伝子を調べている先生からDNAの扱い方を一から教わりました。

———半年間DNAの扱い方を学んで、その後、大学院の岩槻研究室で植物のDNAと格闘したわけですね。

岩槻先生の研究室は小石川の植物園にありました。そこではDNA は誰もやってなかったので、まず実験室を土足厳禁にして、ドアを塞いで外からコオロギなんかが入ってこられないようにして、DNAをとるのに欠かせない電気泳動装置は自分で作りました。
大学院にいる間の5年間、岩槻先生にお世話になって本当にありがたかったのは、「金は出しても口は出さない」というのを絵に書いたような教授で、いろいろな機器を揃えてくださり、最後はシークエンサー(塩基配列を決定する機械)も買っていただきました。

———それでDNAはちゃんととれたんですか。

DNAでシダの系統を知りたいと挑戦したんですが、やはり歯が立たない。山菜ソバを食べるとわかるようにワラビってヌルヌルするじゃないですか。そこで最初はカエデの研究をしました。

———なぜカエデを?

材料が簡単に手に入ること。また、カエデは世界中に100種類ぐらいあって世界各地に分布していて系統を調べる上でも面白い結果が期待できると考えたからです。岩槻先生に、カエデの葉緑体DNAを使って系統を調べたいと申し出たら、「だったらご本家の話を聞いたほうがええやろうなあ」と、世界で最初に葉緑体のゲノムを完全解読したばかりの名古屋大学の杉浦昌弘先生を集中講義に呼んでくださいました。葉緑体のDNAについての講義のあと、岩槻先生が杉浦先生に「長谷部くんをちょっと実験に行かせてもらえないか」と聞いたら、杉浦先生は「それはだめだ」。

———断られましたか。

そりゃそうですよ。バリバリの分子生物学者のところに全然関係ない学生が行くなんて。だけど、2日間方法を教えるだけならいいということで、杉浦先生の研究室でマツの研究をしていた石橋研究員から葉緑体DNAのとり方を教わりました。おかげでカエデの葉緑体DNAをとることに成功。この研究ではいくつかの発見があったし、その後、シダについても研究を始めて、助手のころも含めて陸上植物の系統関係のかなりの部分を明らかにすることができました。

———DNAを調べることで新しくわかったことってありましたか?

例えば裸子植物については、イチョウ、ソテツ、針葉樹、グネツム類に分類され、互いに形、とくに生殖器官の形が大きく異なるので、それぞれが違う系統だと考えられてきたんです。そして花の咲く植物である被子植物にもっとも近いのはグネツムに違いないと思われていました。ところが、これらの裸子植物のDNAを比べてみたら裸子植物が全部1つにまとまってしまった。つまり、グネツムも含めこれらはみな同じ祖先から生じた仲間であり、単系統だという答えが出てきました。

形態の比較からはグネツム類がもっとも被子植物に近いといわれていたが、DNA解析によってこの4つは単系統であることがわかった。

———定説を覆す発見ですね。

当初はぼく自身もまったく信じられなくて、本当に無礼千万な学生だったんですが、当時、統計数理研究所にいらした長谷川先生のところに直接うかがって、解析をお願いしたんです。「最尤法(さいゆうほう)」という、先生が開発した分子系統樹推定の統計学的方法を用いて解析してもらっても、同じ結果が得られました。

———お墨付きを得たわけですね。

その結果を持って、ハワイで開催されたアメリカ植物学会でポスター発表をしたら、マーク・チェイスという植物の分子系統学では今でも世界一といわれる有名な先生から、ポスターの前で2時間にわたってとうとうと「お前の研究がいかに間違っているか」と説教されました。ぼくも若いから言い返しましたけど、それから10年ぐらいして単系統を追認する論文がどんどん出てきて、ようやく決着をみています。
その後シダについても系統解析をし、これまた定説を覆す発見をしました。

———DNAを調べることで系統関係が次々と明らかになっていったんですね。

ただね、系統はわかっても、遺伝子のどんな変化で系統が分かれていったのかはわからない。それが知りたいと思って、外国で研究を深めたいと考えるようになりました。

インドネシアの調査で木の上から大きなシダを採集した(大学院生時代)