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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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植物の進化を探る研究にシフト

———留学先はどのようにして選んだのですか。

海外に行きたいと考えていたちょうどそのころ、植物園の掲示板に日本学術振興会の海外特別研究員の応募の案内が貼り出されていました。締切りは1週間後。「これだ!」と思って、テーマを「花の咲かない植物で花の進化を探る」と決めて、すぐに留学先を探しました。たまたま読んだ雑誌のエッセイに、花をつくる遺伝子がシダでも見つかったという話が載っていて、発見したのがアメリカ・パデュー大学のジョー・アン・バンクスという先生だと書いてありました。
当時はインターネットもない時代で、どんな先生なのか、図書館に行って調べてもわからない。でも、電話帳でパデュー大学の FAX ナンバーを見つけ、「バンクス先生の研究室でシダの花形成遺伝子の研究をしたい」とFAX を送ったところ、次の日に「ノープロブレム」と1行だけ返事が来て、留学先が決まりました。

———留学中はどんな研究を?

花の咲かないシダ植物であるリチャードミズワラビから、被子植物と同様の花をつくる遺伝子を見つける研究です。でも、1年半いろいろ頑張ったんですが、まるで遺伝子がとれない。そこで考えたんです。シダ植物で花に対応する器官は葉だが、花ができるときに働く遺伝子だから葉になるちょっと前の、芽の一番小さいところを探すべきじゃないかと。小さい芽ですから、材料はほんのわずかしか採れません。こっそり栽培面積を増やして、妻にも手伝ってもらって、ようやく遺伝子がとれたときはうれしかったなぁ。バンクス先生に知らせたら大喜びしてくれ、その後いくつかの共同研究に発展しました。

渡米中には実験の合間に北米と南米の植物を探しに行った(エクアドルの巨大な葉を付けるグンネラという植物)

———花の起源に迫る研究にめどが立って、日本に戻ってきたのですね。

留学中から、科学者としてやっていくための次のステップとして何が大切なのか、実験の合間に論文を読みながら考え続けました。そのとき一番印象に残ったのが、葉の細胞から、水を通す導管をつくる細胞が誘導できたという論文でした。やはりぼくは、変化を起こすことに関心があるんですよ。そこで、細胞の変化を追いかけてみようと。

———細胞の変化というと……?

花だけでなく、細胞が分化して茎や葉ができる過程やそこではたらく遺伝子のネットワークの探究とともに植物の進化を考えていく、つまりエボデボ(進化発生生物学)ですね。でもそれを調べるためには、遺伝子組み換えを行って表現型の変化を見るような実験をしなければなりません。ところが、遺伝子導入ができる植物は、当時シロイヌナズナやイネなど、2億年以内に進化した花の咲く植物に限られていました。進化の途上での変化を探るには、もっとさかのぼれる植物が必要です。そんなときに出合ったのがヒメツリガネゴケでした。

———コケ植物の一種ですね。

コケ植物は、5億年前、植物が水中から陸に上がった直後に、花の咲く植物から分かれました。世界中で約2万種類が知られています。このうちヒメツリガネゴケはヨーロッパや北米に広く分布するコケで、1950年代からイギリスで遺伝学の材料として用いられてきましたが、90年代に入って特定の遺伝子の改変が簡単にできることがわかり、注目されはじめていたのです。ただ、日本では研究がほとんどされていなかったことから、東大から基礎生物学研究所に移ったときに、一緒に研究してくれる大学院生たち4人とともに、ヒメツリガネゴケの実験方法の開発に取り組むことから研究をスタートさせました。
その後2000年からはヒメツリガネゴケのゲノム解読に着手。研究が順調に進んだことから国際共同プロジェクトに発展し、2007年12月にゲノム解読に成功したんです。

ヒメツリガネゴケの全体(高さ約4 mm)

ヒメツリガネゴケ 直径9 cmのシャーレでの培養

シャーレで培養中のヒメツリガネゴケのクローン

———ラボを立ち上げてから約10年でゲノム解読に至ったのですね。

ゲノムを調べると、ヒメツリガネゴケは、形こそ花の咲く植物と大きく違いますが、似た遺伝子を数多く持っていること、また陸上で生活するために必要な、乾燥に耐える遺伝子や光を受容する遺伝子があり、この能力が陸上への進出の初期段階で獲得されたことなど、陸上植物の進化を探る道しるべとして、さまざまな情報を提供してくれています。