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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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未知の分野であるテロメア研究に飛び込む

———日本での職探しはどのように進めたのでしょう?

3年で帰ろうと考えてから、日本にいる友だちに、『実験医学』の巻末に載っている公募欄を3カ月分、ファクスで送ってくれるよう頼みました。

———『実験医学』は羊土社から出ている生命科学と医学の月刊誌ですね。

ファクスで送られてきたページの最初に載っていたのが、東京工業大学大学院生命理工学研究科の教授であった石川冬木先生(現・京都大学大学院生命科学研究科教授)の研究室のポスドクの公募でした。そして、研究テーマとして書かれていたのが、テロメアだったのです。

———石川冬木先生をご存知だったのですか?

いえ。面識がないだけではなく、私は勉強不足だったので、テロメアって何だろうって思ったほどです。ところが、そのファクスを受け取った同じ週に研究室でジャーナルセミナーがあって、ボスのポールが石川冬木先生の論文を紹介したんです。

———偶然ですね!

ボスが紹介した石川先生の研究室の論文は分裂酵母のテロメアの大発見の話でした。実におもしろいし、しかもそのテロメアと、ラッセル研究室でやっていたDNAの損傷とはとても関連が深いということに気づきました。それで、石川先生の研究室がいいのではないかと考えたのです。

石川冬木先生とともに

———テロメアの研究は、今までの研究とつながりがあるとわかったからですか?

これまでやってきたことが無駄にならないと思いました。もちろん、まったく同じではなくて、今思うとまるで違う分野なんですけれども、細々ではあるけれどもつながっていました。それに、私はずっと分裂酵母を使って研究をしてきましたが、分裂酵母のテロメアはヒトなどの高等真核生物のテロメアに機能や構造がとても似ていますし、染色体を三本しか持たないので染色体末端の数が少なくて、染色体末端のテロメア研究にとても有利なのです。これって本当に運命だなと思って、応募しました。

———加納先生がテロメア研究を始めた当時、テロメアはどの程度知られていて、どこまでわかっていたんでしょうか?

私自身、石川先生のところに応募したときに初めてテロメアを知ったぐらいですから、広くは知られていなかったのではないでしょうか。私が研究を始める少し前からテロメアに結合するタンパク質が次々と明らかになっていって、ちょうど加速度的に研究が進んでいく時期でしたね。

テロメア(telomere) はギリシア語で「末端」を意味する「テロ/」 (telos) と「部分」を意味する「メア/」 (meros) から作られた言葉で、染色体の末端を保護する役割を担っている。細胞が分裂するごとにテロメアが少しずつ短くなることから、「分裂寿命時計」とも呼ばれる。近年の研究で、テロメアは細胞老化や寿命と密接な関係があるだけでなく、染色体構造の維持や種の保存において必須の機能を果たしていることが明らかになってきた

———石川先生のもとではどういう研究を?

それこそ王道の、分裂酵母におけるテロメアに結合するタンパク質の同定から研究を始めました。当時はまだ1個しかわかっていなかったのですが、私は2個目、3個目を同定することができ、2001年に論文で発表しています。

———それはすごい! ところでテロメアの研究って、それまでの研究と比べていかがでしたか?

難しかったですね。いろんなことを見るのに時間がかかるというか、面倒くさいことが多いんです。例えば、テロメアのDNAは細胞分裂のたびに変化していくので、長さもきっちり決まっていない。ほぁ~んとしていて、コロコロ変わってしまうのでとても扱いにくいんです。

———ほぁ~んですか。

今までやっていた研究では、変異を入れない限り遺伝子はほとんど変わらないし、クローニングするのも楽でした。でも、染色体末端領域は今もゲノム配列すらちゃんと決まっていないし、変化も激しいですし、簡単に実験させてもらえないんですよ。

———その困難をどうやって乗り越えるのですか?

こういうときにものをいうのが、テニスで培った根性ですね。

———根性ですか?

そう、根性。それと五感を頼りに、ともいえるかな。
研究の進め方には二つのパターンがあって、一つはゴールを決めてそれに向かって驀進するタイプ。多くの人が採用するタイプです。もう一つは、最初におもしろそうなデータが出て、それが具体的にいったい何を意味しているかわからないけれども、その意味を探るために解析を進めていくというタイプ。私は後者の方が好きで、うっかり深いトンネルに入ってしまうと出口がどこにあるかもわからない。何度も硬い壁にぶち当たり、方向を変えながら、とにかく自分の五感だけを頼りに進み続けて、最後にようやく暗いトンネルを抜け出て、明るい光を浴びたとき、予想もしなかった美しい光景に感動の涙を流す。それが私の研究スタイルといえますね。ひとかけらのおもしろさから入って苦労しがちですし、ある種の研究者からは「どういう確証があって、その研究をしているのか?」と批判されがちですが、私にはゴールや確証が最初から見えている研究なんかおもしろくないし、やる意味があるのかと思ってしまいますね。他の人がなかなか気づかないことをやるので、最後に得られるものは大きいことが多いです。
私って、研究する場所を決めるのも、研究に取り組むのも、いつもそんな感じで、何かに導かれているといったほうがいいかもしれません。

———先生は石川教授のもとで9年半研究を続けたあと、独立されて2009年からは大阪大学の准教授となってサブテロメア領域の研究を進めます。テロメアとサブテロメアはどう違うのですか?

テロメアとサブテロメアは隣接して存在していますが、テロメアの繰り返し配列とは異なるDNA配列を持っていて性質はかなり違います。私たちがおこなった分裂酵母のサブテロメアの研究から、サブとはいうけれど決してテロメアの補助役ではなく、独立した染色体ドメインとして別の機能を果たしていることがわかってきていて、さらにサブテロメアのDNAは非常に変化に富んだ、ゲノム進化のホットスポットであることを発見しつつあります。

サブテロメアは、テロメアに隣接した領域。まだ機能解析がそれほど進んでいない「染色体の未開の地」だが、ヒトのサブテロメア微細構造異常症や筋ジストロフィーなどの病気や、進化との関わりが示唆されている

———石川研ではテロメアの研究がメインだったのが、大阪大学に移ってからサブテロメアをメインにするようになった理由は?

実は最初にサブテロメアについて論文を出したのが石川研にいるときの2005年と意外と昔なんです。ただそのときにはサブテロメアをやっているという意識はなく、テロメアの隣をやっているという感覚でした。大阪大学に移ってからもテロメアとサブテロメアの両方について研究していたのですが、学会でいろんな発表を聞いていると、テロメアについてみなさん同じようなことをやっていて、最近は重箱の隅をつつくような研究が多くなってきていて、つまらなくなってきたんですよ。それで、他の人とは違うことをやりたいと思うようになって、サブテロメア領域をメインに研究することにしたのです。

———サブテロメア研究もまた難しいのでは?

サブテロメアは多くの種類の長大な共通配列がモザイク状に組み合わさっていて、テロメア以上に構造が複雑で解析が難しく、実験手法も困難を極めます。わからないことが多すぎて、サブテロメア研究はまだ黎明期だといえます。でも、私はやっぱりそこが好きなんです。
だいたい何でも、最初にやる人って損をするものです。まだ理解が進んでいないから、論文を出したくてもいわゆる有名なジャーナルはあまり載せてくれない。それでも一番に発見するというのは自分の誇りだし、その方が気持ちいいです。

———サブテロメアがおもしろいというのは最初からわかっていましたか?

私はこれまでずっとそうなんですけど、フィーリングで研究を始めることが多いんです。あとになってから、「これってものすごく大事でおもしろいな」と思うたちなんです。5年後、10年後を見据えて研究計画を立てるという人がけっこういますが、私はああいうやり方は大嫌いで、5年後、10年後のことがわかっていたら、そんなの全然おもしろくないと思ってしまいます。

阪大時代(2019年)。ラボメンバーとともに