公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

新しい免疫細胞「ILC2」の大発見

———小安先生の研究室ではどんな研究をなさったんですか?

小安先生は前の先生とはまったく逆のタイプで、最初に言われたのが、「大学院に行ってまで研究をやりたかったということは自分で探究したいテーマがあるんだよな。ぼくは博士課程の学生にはテーマを与えないから、自分でテーマをつくって研究しなさい」ということでした。それで私は、「T細胞のことをやりたいです」とそのときは答えましたが、実はやりたいことはまだ何も決めてなくて、そこからが大変でした。まだ何も分からないときに、何が疑問なのかを見つけるということほど難しいことはありません。それで、まずテーマ探しから始めました。

———やりたいテーマを見つけるのにどれくらいかかりましたか?

半年かかりました。もともと大学院まで進んで研究をしたいと思ったのは免疫細胞にひかれたからですが、あれこれ考えていくうちにリンパ節に対する興味がわいてきました。リンパ節は免疫器官の一つです。病気になると免疫細胞が活性化してきてリンパ節にたまって腫れてきますが、腫れるのは、免疫細胞がリンパ節で盛んに活性化するからです。このリンパ節はいずれも脂肪組織に包まれて存在します。どうして脂肪組織に包まれていないといけないのだろうと漠然と考えていました。

———それで先生はリンパ節についての研究を始め、大学院のときに世界に先駆けて新しい免疫細胞である「2型自然リンパ球(Group2 innate lymphoid cell:ILC2)」を発見し、一躍注目を浴びます。

ある意味それは、無知だったからこそできたことで、どういうことをやっていいか分からなかったので、どうにか毎日実験していて、普通の研究者なら考えないような視点からアプローチしたところ新しいものを見つけられたということだと思います。よく知っている人だったらたぶん注目しないような細胞が発見につながったのです。

———発見のきっかけは?

きっかけは、腹腔の中に存在する細胞はどうやって動くのだろうかという、ごく単純な疑問からです。腹腔はいわば袋状になっています。そこにいる細胞が、たとえば足とか手とか頭とかに移動するとき、どうやって腹腔から抜け出すのだろうという疑問を抱きました。マウスのおなかに色素を打ち込んで、細胞が移動するためにはどこかに漏れ出るところがあるはずだから、そこを探そうと調べていくうち、偶然、以前から興味を持っていた脂肪組織で色素がよく染まるリンパ球の塊を見つけたんです。

濃い紫で染まっている部分(左図)が リンパ球が集積した箇所。右は拡大図。ここからILC2が発見された。

ILC2はリンパ球系の6番目の免疫細胞

———今度はその塊が何だろうと疑問に思ったわけですね。

文献を調べてもそんな報告はないし、病理の先生に聞くと、「がんや炎症を起こした患者でありふれた現象だけど、名前なんてない」って言うんです。そこで、名前がないなら私がつけちゃおうと、その塊の研究を始めました。
標本を作ったらリンパ球がたくさん存在していることが分かったけれど、ではそれはどんなリンパ球なのかと、T細胞を染める、B細胞を染める、NK細胞を染めるとやっていくと、それぞれある程度染まるのがあるんですけど、ちっとも染まらないのがやっぱりいる。それで、「何だこれ?」ということでその細胞をしつこく追っていったら、これまでに発見されていない新しい細胞だと分かりました。

———大発見ですね!

免疫に詳しい研究者だったら見過ごすような細胞なので、発見には至らなかったかもしれません。免疫細胞は大きく分けて12、3種類ぐらいありますが、ふつうの研究者だったら、たとえばT細胞はどれくらい増えているか、マクロファージはどれくらい増えているかというようなことを、T細胞を調べる材料、マクロファージを調べる材料を使って調べるわけです。私はそのころ、何を研究するかということも定まっていなかったので、T細胞でもない、マクロファージでもない、何細胞でもないという、だれも注目しない居残った細胞が気になったんですね。

———そして見つけたのがILC2というリンパ球だった。発見の瞬間は?

その質問、よく受けるんですけど、発見したときは発見したって気づいてないんです。「何じゃこりゃ?」とは思っているけど、発見という言葉はあとあとつけられる称号であって、当時はラボの人たちは「いったい何の細胞をこねくり回しているの?」という目で私を見てましたね。
細胞の表面にどんなタンパク質が出ているかを調べると、T細胞にも似ているけれど、肥満細胞っぽくもある。何なのだろうと片っ端から調べるわけです。最初はT細胞の前駆細胞ではないかとか、幹細胞かと思ったりもしました。幹細胞だったら何かの細胞に分化するはずだから、分化の研究をずっとやったけど、違う。とにかく、ありとあらゆる可能性を考えて実験を積み重ねて、これまで分かっている細胞と全部比較して、その全部と違うから新しいと分かったわけです。あとから、「新しいリンパ球がこの2000年過ぎに見つかるとは思わなかった」とよく言われます。

大学院の仲間と慶應義塾大学のすぐそばにある森のビアガーデンにて(2列左から3人目)

———この新しい免疫細胞の発見が、2010年「Nature」に掲載されたんですね。

私たち研究者はCNSといって、「Cell」と「Nature」「Science」の3つの雑誌への掲載をめざすんですけど、最初に投稿したのが「Science」でした。でも、4日後ぐらいにリジェクト(掲載不可)され、どうしてもあきらめたくないと新しい視点の論文に変えて、半年後にもう1回「Science」に送ったんです。それでも1週間後ぐらいにまたリジェクトになって、私は意気消沈してしまいました。そうしたら小安先生が「Science」に送ったのと同じ論文をそのまま、何の訂正もせずに「Nature」に送ったのです。

———そうしたら?

そしたら、通っちゃった。あとから分かったことですが、同じような細胞を発見したという論文を、私たちを含めて世界の3つのグループが「Nature」に投稿していて、掲載されたのは私の論文が最初でした。私たちのグループが第一発見者となって、2カ月か3カ月してから「Nature」にほかの2つのグループの論文が載ったんです。研究界では自分がやっていることは世界で3人以上がやっているぞってよく言われるんですけど、本当に3人いたんですね。

———反響は大きかったでしょう?

大きかった。というより、「Nature」に掲載される前日と、掲載された次の日の、自分を取り巻く世界の変化に人間不信に陥りました。私はその研究を数年間ずーっとやってきて、たとえば奨学金の申請をしたり、研究費の申請をしたり、学会で口頭発表に採択されないかと期待しながら抄録を提出したりしてきているわけじゃないですか。でも、「Nature」に載る前まではことごとく蹴られてきたんです。

———ところが「Nature」に掲載されたら…?

その瞬間から、「いやー、すばらしい研究ですねー」ってみんなから言われて、私はずーっとこのすばらしい研究に取り組んできたのに、だれもすばらしいなんて言ってくれなかったじゃないかと思いました。それまで学会でポスター発表しても、ほとんどが素通りしてしまい、身内しか見に来ない感じだったんですけど、「Nature」に載った翌年の免疫学会は群がる群衆を前に説明するような事態になりました。そういうのを見て、結局、世の中の人というのは自分の意見で動いているのではなく、「これすごいらしいよ」っていう目線でものごとを見ているのかなと思っちゃって、だから1年間ぐらいは「もう研究をやめたい」って言ってました。

———小安先生はどうおっしゃいましたか?

小安先生からは「研究をやめてどうするんだ?」と言われて、「日本の伝統工芸である螺鈿(らでん)細工職人になりたい」って言ったんです。どうしたら螺鈿細工職人になれるかを調べたところ、修業期間がけっこう長い。その当時で30歳を超えていましたから、これまた親に食べさせてもらわなければいけないかなと思って、「こういうわけで螺鈿細工職人もいいなと思っているんだけど」と親に相談したら、「ふざけるな!サポートなんかはしないぞ」と言われて、泣く泣く研究の道を選んだというかですね…。やっていれば今ごろ人間国宝になっていたかもしれません(笑)。