公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「なぜ?」という疑問を大切に

———ILC2の発見以降も、次々とテーマが見つかって、やらなければいけないことがたくさんあるのでは?

あります、あります。いまだに楽しいですよ、ILC2の研究は。最初は、その細胞が何なのかという研究で「Nature」に載りましたけれど、そのあとは、その細胞がたとえば感染のときに何をやっているかとか、アレルギーのときに何をやっているか、どうやって活性化するのか、どうやって抑制されるかというふうにいろんな分野について調べて、基礎研究から臨床に結びつけられるようなデータも出ています。一つの細胞が見つかるとこんなに世の中が変わるのかなと思って、研究っておもしろいなとつくづく感じますね。

———ILC2研究で重要な点は?

とくに現代の問題として受け止められているのが、ILC2とアレルギーとの関係ですね。その後の研究で、ILC2が寄生虫感染時に重要な役割を果たすことが分かっています。
寄生虫は体内に侵入しても、細菌やウイルス退治に活躍するマクロファージでは対処しきれず、ILC2が寄生虫を退治してくれます。ところが、衛生環境の改善などで寄生虫が劇的に減ってしまうと、今度は、ILC2はダニや花粉などのアレルゲンを寄生虫と勘違いして攻撃を始め、病気を引き起こしてしまうのです。寄生虫をやっつけてくれる「天使」だったILC2が、きれい好きになった現代社会では「悪魔」へと変わってしまっているのですね。

LC2の働きは体にとって良い役割と悪い役割とに分けられる。
良い役割としては、寄生虫感染が起きたときに死んだ細胞から出されるIL-33によって活性化し、IL-5というサイトカインを出して好酸球を誘導し寄生虫を攻撃したり、IL-13を出して杯(さかずき)細胞*を活性化させ粘液を出させて寄生虫を洗い流す。損傷が起きた組織をアンフィレギュリン(Areg)やIL-13で治してくれることも大事な仕事。
一方、アレルゲンの持つ酵素によって起きた細胞死の場合にもILC2が活性化してしまい、IL-5を出して好酸球性の炎症を起こすほか、IL-4の分泌によってB細胞がIgEを産生させることで肥満細胞や好塩基球が活性化し、アレルギー症状を誘導する。さらに、杯細胞を過剰に活性化させることで鼻水や痰、下痢を引き起こす。
*杯細胞:腸管や呼吸器などの粘膜上皮に存在するゴブレット(杯)に似た形の細胞。粘液をつくり出して分泌する

———そんなILC2をもう一度「天使」のようなやさしい存在に戻せたらいいですね。

今、その研究にも取り組んでいますし、ほかにも肥満や糖尿病などの代謝疾患、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患、関節リウマチや線維症などの自己免疫疾患、アルツハイマー病など、ILC2のさまざまな疾患への関与が明らかになっていて、その研究も進んでいます。
でも、ILC2の何がおもしろいかといったら、免疫の病気というのは抗体が抗原を認識することで病気が起こる、つまり獲得免疫が免疫の病気を起こすとされていたのが、抗原を認識できなくても、細胞が傷ついたり、炎症を起こしたりして自然免疫が働くことでILC2が活性化することが分かったことですね。

アレルギー性疾患 気管支喘息
食物アレルギー
結膜炎
花粉症
アトピー性皮膚炎
アレルギー性食道炎
副鼻腔炎
中耳炎
感染症 寄生虫感染
真菌感染
インフルエンザ感染
代謝疾患 肥満
糖尿病
自己免疫疾患、その他 類天疱瘡
潰瘍性大腸炎
多発性硬化症
クローン病
アルツハイマー病
関節リウマチ
セリアック病
特発性間質性肺炎

———新型コロナウイルス感染症でも多くの人が軽症ですんだり、免疫ができなかったりするのは、自然免疫ががんばっているおかげだというニュースを耳にします。自然免疫って今まであまり注目されてこなかった面があるように思いますが、とても重要なんですね。

人間ではたしかに獲得免疫のほうがすごいと思います。だけど、世界の生き物すべてを集めたら、自然免疫の果たしている貢献度のほうがずっと大きくて、汎用性も高い。獲得免疫は2度目の感染はしないといっても、1度は感染しないといけない。でも、自然免疫って、相手がどんな敵なのかを明確に判断する機構を持っていないけれど、「どうも敵らしいぞ」というアバウトな認識機能を持っていて、最初の敵の侵入からちゃんと発動されるので、とても地味だけれどベースレベルでものすごく毎日戦ってくれている存在といえますね。

———これからやりたいことは?

先月から自分の実験を再開しました。2015年に理研でラボを主宰するようになり、私の実験ノートはその年で止まっていて、その後は学生や技術職の人に実験をやってもらうという生活が続いていたんですけど、新型コロナに感謝と言うと語弊がありますが、去年までは講演や会合などで出張がたくさんあったけれど今年はようやく時間が取れるようになりました。そこで思ったのが、一研究者として、もう一度、自分の研究を進めたいということ。もちろん、ほかの仕事もあるので若いころのようにはできないのは分かっているんですが、ラボの主宰者としてみんなのマネジメントをするだけが仕事にはしたくない。やっぱり研究しているときが一番楽しいし、私の才能は研究だと思っているので、原点にかえろうと実験を始めています。

5年ぶりの実験のために新しい実験ノートをもらい、鼻高々。ラボの全員に多大なる迷惑をかけながら自分のプロジェクトを始めました。会議やデスクワークより断然楽しい毎日。

———ILC2とは別のテーマですか?

内緒です。いつかまた、皆さんをあっと驚かせるおもしろい研究にしたいと思っています。

———高校生や若い人へのメッセージをお願いします。

やりたいことを見つけなさい、と言いたいけれど、やりたいことって、探そうと思っているとなかなか見つからないものです。だから本当に意義のあるアドバイスとしては、本当にやりたいことを見つけるために「いろんなことをやってみてください」かな。さらに研究者をめざす人には、「なぜ?」という疑問をちゃんと持てるような人間になってほしい。今の学生はテーマを与えると優秀なんだけど、テーマを見つけるということができなくなっている。それってたぶん疑問がないからかなと思うので、何でもいい、とにかくまず疑問を持ちなさいと伝えたいですね。

阪大教授室にて。右のモニタには、理研のラボの映像が常に映し出されている。阪大と理研の2か所で、ラボメンバーに指示を出したり相談にのったりができるのだという。

(2020年10月29日更新)