公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

臨床実習中に読みふけった
パターン形成の本

———研究者になろうと決めたのはそのときの体験がきっかけですか?

基礎研究に行きたいと決定的に思ったのは、5、6年次の病院実習の途中ぐらいですね。同級生はみな病院での臨床実習に熱心に取り組んでいたけれども、私自身は、ハンス・マインハルトが書いた本を読んでいる方がよほどおもしろかったんです。

———いったいどんな本だったのですか?

マインハルトはドイツの数理生物学者で、パターン形成分野での先駆的な研究で知られています。生物の発生過程であらわれるパターン形成のモデルで有名なのはアラン・チューリングが1952年に発表したチューリング・パターン*ですが、1972年にチューリング・パターンの再発見を行ったのがマインハルトです。
彼の本は臨床実習中も持ち歩いていました。本に出てくる貝殻の模様を見ては「きれいだなあ」と感銘を受けて、いくら見ても見飽きない。そのあたりで、自分は本質的に臨床には向いてないんじゃないかと思い、基礎研究に行くことを決心しました。ちょうど近藤滋先生(現・大阪大学大学院生命機能研究科教授)が、魚の縞模様がチューリング・パターンであるという論文を『Nature』に出して、直接お話を伺ったのがこのころだと思います。

ハンス・マインハルトの代表作の一つ、『The Algorithmic Beauty of Sea Shells』。さまざまな貝殻の模様を数理パターンで紹介したもの。イタリアンレストランで食べたパスタに入っていたアサリの殻を見たのがきっかけで手掛けたという逸話が残っている。

*チューリング・パターン
イギリスの数学者アラン・チューリングによって示されたパターン。生き物の発生で模様や形が形成される過程において、自己増殖の性質をもつ活性化因子(activator)と、それに誘発されて生成される抑制因子(inhibitor)が互いの合成をコントロールしあう系では、物質の濃度分布は均一にならず、空間に繰り返しパターン(反応拡散波)を作って安定すると提唱し、数式で示した。
詳しくは、いま注目の最先端研究・技術探検!第15回「生き物のからだの模様をつくりだす仕組みにズーム・イン!」を参照

———大学院は、自主研究でお世話になった塩田先生の研究室ですね。

塩田先生はとにかく人間のできた方で、「まあ好きにやりなさい」という感じで、すべて学生の自主性に任せて好きにやらせてくれる。学生が何をやっても基本的にサポートしてくれ、セーフティネットだけ張ってくれるような先生でした。私も、若いうちに自由にやることが大事だと思っていたので、希望にぴったりの研究室でした。

塩田先生にはいろいろお世話になり、仲人も引き受けていただいた

———どんな研究をしていたのですか?

手指の骨格の形成について研究しました。哺乳類の標準的な5本指がチューリング・パターンかどうかを探るために、3つぐらい対立仮説を立てて、それぞれを検証し、大学院時代にいくつか論文をまとめました。

———大学院修了後はそのまま研究を続けたのですね。

京都大学で2年間、助手をして、その後、日本学術振興会の海外特別研究員としてイギリスのオックスフォード大学に留学しました。

———留学先にオックスフォード大学を選んだのはなぜですか?

ジリアン・モリス‐ケイ(Gillian Morriss-Kay)教授という頭頸部の発生の権威がいたこと。また、研究室の近くに、センター・フォア・マスマティカル・バイオロジー(Centre for Mathematical Biology)という数理生物学のセンターがあって、そこのフィリップ・K・マイニ(Philip K Maini)教授が知り合いだったことから選びました。実験しつつ、数理の人とも交流ができるすばらしい環境でしたね。

オックスフォード大学の発生解剖学教授Gillian Morriss-Kay先生(右から2人目)のラボで

———留学生活はいかがでしたか。

かなり真面目に数理を勉強しました。一つには、留学先が貧乏なラボで、実験をするなら研究費を入れてほしいと言われたため、実験道具のいらない数理に力を入れたという事情もあります。日本にいるといろいろなことに追いまくられて時間的余裕がなかなか持てないのですが、たっぷり時間を持てたことがプラスになりました。数理モデルを構築するにあたって、数学的なことを考えようとすると、3時間とか4時間かけて延々と考える、そんな時間が必要なんですよね。