公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

バクテリアのコロニーの枝分かれ構造をヒントに

———先生は四肢の発生のほかにも、さまざまな部位の形づくりについて研究されていますが、研究テーマはどのようにして見つけるのですか?

大学院のときは四肢の骨格の発生期における構造形成について研究していましたが、この分野ではニューヨーク・メディカル・カレッジのスチュアート・ニューマン(Stuart Newman)教授が、1979年に「発生中のニワトリの肢における骨格パターン形成のダイナミクス」という論文でファーストモデルを提唱していて、その後も研究を積み重ねていました。そうすると、いくらがんばっても彼の最初のモデルを超えるような研究成果はなかなか出せないだろうと考えて、まだだれも研究成果を出していないテーマということで、肺の枝分かれ構造の形成にチャレンジすることにしたのです。

スチュアート・ニューマン教授夫妻とイタリア北部で研究打ち合わせ

———肺の枝分かれ構造といいますと?

哺乳類の肺は、胎児期に形成されます。まず消化管の腹側から上皮(体の表面や内腔を覆うシート状の組織)の袋状の原基ができる。上皮の袋のまわりは、間葉と呼ばれる組織に覆われていて、上皮と間葉の相互作用によって、袋状の先端が枝分かれしながら伸びていくことで枝分かれ構造が形づくられるのです。この発生現象に関わる遺伝子群は多数同定されていますが、それがどのように枝分かれ構造をつくるのか、生体内でのメカニズムは明らかになっていませんでした。そこで、肺の上皮の枝分かれ形成を再現する最も単純な実験系を確立し、さらにその数理モデルをつくることによって、枝分かれ構造がつくりだされるメカニズムを解明しようと研究を進めました。

A:5週、B:6週 C:8週の肺。次第に枝が分かれるように先端部が伸びていく
Langman’s Medical Embryologyより

———枝分かれ構造をとるものは、自然界にもいろいろありますよね。

その通りです。たとえば物理現象でいえば結晶成長であるとか、流体力学だと粘性突起という現象があります。ほかにも雷なども枝分かれ構造ですね。
私たちが参考にしたのはバクテリアのコロニーのパターン形成のモデルです。

———えっ?バクテリアですか?

ええ。枝分かれ構造形成はバクテリアにもあります。元中央大学教授の松下貢さんという物理学者が発見しました。大腸菌を培養するとき、普通は栄養がたくさん入ったプレートの上に大腸菌を撒いて培養します。すると丸いきれいなコロニーができますが、栄養が低下した厳しい条件下で培養すると、丸ではなくて枝分かれ構造になって伸びていくことがわかっています。
ちょっと飛び出している部分のほうが、へこんだところより栄養素が入ってきやすいので成長しやすいでしょ。すると尖ったところがさらに尖っていって、最初のちょっとした形のゆがみがどんどん増幅されて枝分かれみたいになるわけです。この現象の数理モデルは数学者の三村昌泰先生が書いています。

———バクテリアのパターン形成をどう応用したのですか?

バクテリアの細胞の密度を肺の上皮細胞の密度に、バクテリアにとっての栄養の濃度を肺の成長因子であるFGF (線維芽細胞増殖因子)の濃度に置き換えると、バクテリアの枝分かれ構造形成とまったく同じことが肺で起こることがわかりました。

FGFによる細胞増殖と細胞の動き、FGFの消費と拡散度合を組み込んだ数理モデルを作成し数値計算を行った。最初にわずかに出っ張ったところのほうが高濃度のFGFに接しやすいため、少し出っ張ったところがさらに伸びるという形で枝分かれができる。

FGFの濃度変化による形態変化。左は数理モデルによるシミュレーション結果、右は実際に培養したin vitroの系で、シミュレーションと実験系とが対応していることがわかる。
Miura, T. Modeling lung branching morphogenesis. Curr Top Dev Biol, 81, 291-310(2008)より

———肺がバクテリアと同じパターン形成をしているなんて、驚きです!

人間の体の中の枝分かれ構造というと、すごく精緻な仕組みがないとできないと思われがちですが、物理的な条件が整うと、わりと簡単にできてしまうものなのです。身近にも例はありますよ。一番簡単なのは卵かけごはんです。

———え、卵かけごはんですか??

卵かけごはんをつくるときに、卵を割ってその上に醤油を垂らしてしばらく見ていると、白身と醤油の界面がきれいに枝分かれていきます。これは先ほど挙げた流体力学の粘性突起という現象です。白身のような粘性の高い流体に醤油のようなサラサラした流体を押し込むときは尖っている方が入っていきやすいので、ちょっと醤油を垂らすだけで枝分かれができてくるのです。