頭蓋骨の縫合線と植物の表皮細胞の形成パターンは
同じ数式で表せる
———その後、頭蓋骨縫合線のパターン形成について研究されています。何かきっかけがあったんですか?
頭蓋骨縫合線については、もともと中部大学の宮島佐介先生という方が2000年ごろにフラクタル幾何をベースにしたモデルを発表していましたが、解剖学者として少し納得できない点がありました。その後、オックスフォードにいたとき、ある論文に載っていたパターンを眺めていて、新生児と成人の頭蓋骨の縫合線に似ている、「何かあるに違いない」と思うようになり、帰国してから研究を始めました。
———頭蓋骨縫合線について、わかりやすく教えてください。
脊椎動物の頭部の頭蓋骨は複数の骨が組み合わさってできています。骨と骨の間のつなぎ目の部分の組織が縫合線で、未分化の軟組織が一定幅で残っています。この組織が、脳の成長に合わせて骨の末端に徐々に新しい骨を付け足していくことによって強固な頭蓋骨がつくられていきます。
縫合線の組織は、新生児ではほぼ直線的で幅も広く、動くんです。赤ちゃんがお母さんの産道を通るときは、この部分がちょっと変形するんですよ。その後、大きくなるにつれてこの組織は狭くなり、湾曲してフラクタル構造を形成します。

頭蓋骨縫合線の発達。新生児では広く開いているが、成人では狭くなり、湾曲している
———縫合線は頭蓋骨の成長と関係しているんですね。
縫合線の形成に関係するいくつかの遺伝子の存在は知られていましたが、なぜこのような形態変化を引き起こすのか、その原理はわかっていませんでした。
そこでこのメカニズムを数理モデルで再現しようと考え、骨と未分化な軟組織(間葉組織)の両方に存在する因子を、骨分化を促進する拡散性の分子と抑制する分子とに分類し、反応拡散系を用いて定式化しました。この数理モデルでは、縫合線の形態変化をうまく説明できるだけでなく、培養系モデルを使って実際の挙動を観察したところ、縫合線の湾曲が起きている部分で破骨細胞の活性化が起きているなど、数理モデルで予測した現象と同じことが再現できることを明らかにしました。

a 人間の頭蓋骨の構造。破線で囲まれた部分がシミュレーション領域
b 数理モデルを使った二次元シミュレーション。縫合線のパターン形成を示した
ある程度の湾曲が起こると出芽状の構造が見られる(上から4番目の図の赤い円)が、実際のヒトの頭蓋骨でも同様の構造が見られる(左下の写真の赤い円)
c マウス頭蓋骨における実際のパターン形成(4〜7週間経過)
Takashi Miura et al. Mechanism of skull suture maintenance and interdigitation, J Anat 215(6), 642-655(2009)
———この論文を発表したのが2009年ですね。
研究を始めたのが2003年ごろですから6年ぐらいかかっています。その後、植物学者(熊本大学准教授・檜垣匠【ひがきたくみ】さん、エルピクセル株式会社取締役・朽名夏麿【くつななつまろ】さん)との共同研究で、この数理モデルが植物の葉の裏の表皮細胞の細胞壁のジグソーパズルのような湾曲構造の形成にそのまま使えることがわかり、2016年に論文で発表しました。

植物表皮細胞のジグソーパズルのようなパターン

シロイヌナズナの葉の表皮細胞によるジグソーパズルのパターン形成。播種後2日(左)、4日(中央)、7日(右)の実生の子葉表面の細胞の輪郭をトレース
———頭蓋骨の縫合線と植物の表皮細胞の形成パターンが、同じ数式で表せるなんて! 医学と植物学という、まるで異なる学問のコラボレーションですね。
医学と植物学だけでなく、その間を数学が仲立ちした「超異分野融合研究」といってよいでしょう。それによってこれまでまったく不明だった植物細胞の形づくりの仕組みの解明に貢献できたのはうれしいことです。
———最近は血管づくりにも取り組んでいるとか。
私たちの研究は、単に数式で形づくりを再現できればおしまいではなく、体の中の細胞を取りだしてきて分化や組織づくりを培養系で再現することによって、実際の生物の中で何が起こっているのかを解明することをめざしているんです。
ところが培養の際、ある程度組織が大きくなると、血管がないので栄養・酸素不足で死んでしまって研究を続けられない。そこで開発したのが、培養した組織の中に毛細血管状の管を通し、血流を模した流れをつくって栄養や酸素を供給するマイクロ流体デバイスです。まだ道具をつくった段階ですが、これを使って体ができていく過程を生体外で再現したいと考えています。
———研究のおもしろさはどこにありますか?
実験系と理論系とではちょっと違うところがあります。実験系だと、実験操作そのものがおもしろいし、細かい作業をしてきれいにものが出てくると達成感がある。もっとも「こうかな」と予想して実験をやるけれども大概はうまくいかないんです。たまに予想がばっちり当たってうまくいくことがあって、そういうときはとても楽しい気分になれる。それが研究のモチベーションになっていますね。
———理論系のほうはまた違うんですね。
理論系だと、数式の意味を理解するとか、解いていく過程自体が楽しい。これってなんだろうと白板に式を書きながら考えていくうちに、「ああこうか」とわかるのは、数時間後だとわりと運がいい方で、1、2カ月ぐらい考えてようやくわかることもあります。わかった瞬間はすごく楽しいものです。
———先生はその両方を味わっている。
私の研究は実験系と理論系をあわせ持っています。生物の体で起こることを数理モデルなどの数式で表し、実際にはどうなのかを予測。実験によって検証します。だから実験系と理論系の両方のおもしろさ、楽しさが味わえるってわけですね。
———この研究分野に進むために必要な知識とかスキルはありますか?やはり数学ができることが必須条件でしょうか。
うちの研究室限定でお話しすると、多少は数学のスキルは必要ですが、何か知りたいことがあるとか、目的があるほうがずっと大事です。パッと見てわかるというような頭の回転の速さではなく、どちらかというと持久力とか、同じ問題をずっと考えていられるとか、そういうことのほうが重要かもしれません。
私も延々と考えます。たとえば、先ほどの植物の細胞壁の話なんか、話が持ち込まれてから論文になるまで8年かかりました。ほかにも、大昔に持ち込まれた話があって、やっと論文にまとまりつつあるんですが、最初に相談があったのは2008年ぐらいなので12年もたっています。
———中高校生にメッセージをお願いします。
自分でいろいろやってみて、こういう研究が好きで、向いていると思ったのならチャレンジしてください。才能があるなしよりも、好きか嫌いかのほうがずっと大切ですよ。

いつも思いついたら白板にメモ。3方の壁が白板の部屋もあり、そこで学生たちとディスカッションすることも多いという。
(2020年12月18日更新)