公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第10話 アニサキスでがん治療!?

調査のまとめドッキンレポート

アニサキスにはがん細胞を検出する能力がある!

境先生がアニサキスに注目したのは、今から3年ぐらい前のこと。
佐賀県・伊万里有田共立病院の園田英人外科部長が、サバを食べておなかが痛いと来院した患者さんのがん組織にアニサキスが食いついていたことを見つけ、線虫の嗅覚を研究している広津崇亮(ひろつ・たかあき)博士と共同で「線虫によるがん診断法」を開発した。この記事を読んで、境先生はアニサキスに「がんのにおい」を検出する能力があることを知った。

境先生はすでに、ゼリーのような素材を使って再生医療に役立てたり、薬剤を体内の特定の場所に届けたりする研究に携わってきた。8年ぐらい前には、ゼリーのようなソフトな材料(ゲル)で生きている動物の細胞を包むことにも成功。その技術を使って、アニサキスの体表を抗がん剤を含んだ薄い膜で覆えば、アニサキスががん細胞のもとに寄って行き、がん細胞をやっつけることができるのではないかとひらめいたんだって!

分子同士をくっつける機能をもった酵素を利用

いったい、生きたアニサキスをどうやってコーティングしたのかというと・・・
「西洋ワサビの中に含まれている『ペルオキシダーゼ』と呼ばれる酵素は、分子同士をくっつける機能を持っています。その機能をうまく活用して、酵素反応を制御するタンパク質やゲル化促進剤を加えたペルオキシダーゼ水溶液にアニサキスをひたすんです。すると10分程度で、ちょうどてんぷらの衣をまぶしたように、厚さ0.01mm程度の柔らかいゲルで体表が覆われました」(境先生)

ゲルスーツを着たアニサキス、ってわけドキ!

薄い膜なのでアニサキスの運動性は損なわれない。アニサキスが動き回ってゲルが剥がれ落ちることもなかったという。

生きた細胞が薬を運ぶ「Living DDS」

でも、全身がゲルスーツの膜に覆われていたら、がんのにおいがわからないんじゃないかな? 不思議に思って聞いてみたら…
「私たちがマスクをしていても、マスクの穴より小さいにおい分子は通り抜けるため、何のにおいかがわかりますよね? それと同じで、もともとこの膜は生きた動物細胞を中に入れるために開発したものなので、酸素や栄養分をある程度通すように設計してあるんです」
実際、線虫にゲルの薄膜を着せて、線虫が好むにおいの物質とそうでない物質を離して置いたシャーレに入れたところ、薄膜で覆っていない線虫と同じように、好きなにおいの方に移動したんだって! アニサキスではなく線虫を使ったのは、アニサキスがどんなにおいが好きか、わかっていなかったからだそうだ。

続いて、肝心のがんをやっつける効果はどうだったかを探る実験だ。
薄膜の中にがん細胞を殺す成分を組み込み、アニサキスをがん細胞の入った培養液に入れてみた。すると、24時間でがん細胞が死滅していたよ! 先生のねらい通りドッキ!
「生きた生物を使って体内に薬を運ぶシステム、つまり、Living DDS(Drug Delivery System)というわけです」

未処理のアニサキス

ゲル状の薄膜でコーティングしたアニサキス

さばいたサバは約100匹

この研究で一番苦労したのは、活きのいいアニサキスをゲットすることだったという。
「近くのスーパーに頼んで、冷凍していない生サバが入荷したら買いに行きました。時期によってはいいサバが獲れませんし、1匹1500円ぐらいするのに、中にアニサキスが1匹もいないことも…。2年間でサバを100匹ぐらいさばきましたね」
境先生が生サバをさばき、博士後期課程のウィルダン・ムバロクさんが内臓に潜んでいるアニサキスを探したんだって!

うーん、研究ってたいへんドキ。

ウィルダン・ムバロクさん(左)

実用化するには多くの課題がある

境先生たちが開発した技術でアニサキスを実際のがん治療に使えるかというと、課題は多い。
アニサキスが不要になったら体外に排出させる方法を開発しなければならないし、アニサキス・アレルギーが発症してしまっては大変だ。そして何よりも解決が難しいのが、アニサキスを培養する方法が現状では見つかっていないってことドッキ!

アニサキスを育てるのはどうして難しいんだろうか?
アニサキスの幼虫は、オキアミ、サバやサンマ、イカなどの体内で育ち、それらの甲殻類や魚を食べたクジラやイルカなどの海洋哺乳類のおなかで成虫になる。いろんな海の生物を経由するので、飼育はまず不可能。「ウナギの養殖よりずっと難しい」らしい。

アニサキスの生活環

生命科学の研究でよく使われる線虫の仲間のC.elegansではアニサキスのかわりにならないんだろうか? C.elegansもがんのにおいを嗅ぎ分ける力を持っているはずだけど、と思って先生に聞くと―――
「アニサキスなら胃酸にさらされても1週間ぐらい生きることができますが、C.elegansはおそらく無理です。またほとんどが雌雄同体で、1匹でも精子と卵を受精させることができるので、生き残ったら、今度は体内で増えてしまう危険があるんですよ」

ゲル薄膜にいろんな機能を持たせることで応用が広がる

がん治療に使うにはまだまだ課題があることがわかったけど、生きた線虫をゲル薄膜でコートするこの手法は、いろいろな可能性を秘めていると境先生は考えている。

「今回の実験では、ブドウ糖から、がん細胞を死滅させる過酸化水素水を発生する働きのある酵素を使ったのですが、発熱作用のある磁石のナノ粒子を使えば、外から磁場をかけてがん細胞を殺すことができるかもしれません。また、ゲルに紫外線の透過を妨げる素材を入れた実験では、紫外線への耐性が向上することがわかりました。このように、ゲル薄膜のスーツにいろんな機能をもたせることで、さまざまな応用が考えられます」

土の中にたくさんいる線虫に、肥料を含んだゲルスーツを着せて目的の植物のもとに送り込むこともできるかもしれないし、害虫を撃退できる薬を入れるなどして、農業に応用することだってできそうドキ!

「体内に入れる場合は、駆除の方法が確立している回虫など、アニサキス以外の寄生虫を活用する手もありそうです」

研究っておもしろい!

次々にアイデアを話してくれる境先生は、小さいときから、好奇心いっぱいだったようだ。「小学校に入る前のことですが、魚を治療しようとして父が『何にでも効く』と言っていたヨードチンキ*を魚に塗って、死なせてしまったこともあります」
九州大学時代は高校の数学の先生になろうと、教員免許も取っていたという。それが4年生の卒業研究で、糖尿病を治療するための人工膵臓(すいぞう)をつくる膜の開発に携わり、大学院に進んだことが転機となった。

*ヨードチンキ:ヨウ素(ヨード)の殺菌作用を利用した殺菌薬・消毒薬で、1970年代ごろまでは家庭の常備薬として普及していた。細菌や真菌やウィルス表面のタンパク質を破壊する効能があり、皮膚のキズや潰瘍の殺菌・消毒、歯肉・口腔粘膜などの消毒に用いられる。

「修士1年のとき、当時大阪大学大学院工学研究科の助手だった大政健史(おおまさ・たけし)先生(現・同教授)とスイスで開かれた学会でご一緒する機会がありました。大政先生は動物細胞の培養に関する研究に取り組んでおられたのですが、ご自身の研究についてとても楽しそうに話してくださったんです。『研究って、おもしろくやれるんだ!』と研究の楽しさを知り、研究の道に進むことを決めました」

学生や院生を指導する立場になってからも、思いついたら自分でパッと実験したいと、教授室にもいろいろな実験道具を置いているんだって。

生物+工学/化学で医療の発展に貢献

先生の研究室では、生物の持っている機能を活用・制御するための材料や方法を設計・開発し、医療・ヘルスケア分野に貢献するというテーマを掲げ、生物と工学、化学がクロスオーバーした領域で、さまざまな研究に取り組んでいる。

「ゲルをはじめ生体に適合する高分子の開発、薬を目的の場所に届けるDDSで用いる材料やデバイスの開発のほか、最近力を入れているのが、3Dバイオプリンターで人工臓器をつくる研究です。細胞の機能を高めるためのインク材料の合成とか、プリンターの制御プログラムの設計など、他大学や企業と共同で研究を進めています。3Dプリンターを使って昆虫の粉末から人工肉をつくろうという研究をしている学生もいますよ」

お医者さんだけが医療に関わっているわけじゃない。生物や生命に対する理解をもとに、化学や工学で作り出した材料やツールを使って医療に貢献することができるんだね。

将来は変化するもの。「次に起こること」を楽しんでほしい

最後に先生にメッセージをもらったドキ!
「今はかなり早い段階で、将来何になりたいかを聞かれますよね。でも将来は変化するもの。『こうなりたい』と考えていても、次に何が起こるかわかりません。ちょっとしたことで変わってしまうこともしばしばです。だから決まっていないことを恐れたり恥じたりする必要はさらさらありません。決まっていると思っていても、将来はいくらでも変わりうる。だから、次に起こることをいかに楽しめるかが大切。身のまわりにある『楽しいこと』をどんどん発見して、充実した時間を過ごしてほしいですね」

コラム
小学生の‘アニサキス愛’にあふれた自由研究

「アニサキスにスーツを着せてがん治療」という研究への反響は大きかった。テレビや新聞、雑誌などさまざまなメディアに取り上げられたが、境先生がうれしかったのは、広島県尾道市の離島の小学校5年生が「アニサキス愛」にあふれた自由研究を送ってくれたこと。
そのタイトルは「悪者なのか? アニサキス」。アニサキスは何色が好きかや、どんな食べ物が好きか、フルーツや鳥の肝はどうかなど、小学生らしい疑問をいろいろ調べたもの。弱ったアニサキスに、炭酸をかけると再び元気になる、という実験もしていて、その着眼点や好奇心いっぱいに研究しているレポートを見ると元気が出るんだって!

このほか、生命科学DOKIDOKI研究室の次の記事も読んでみてね!

  • ◎DDSについては
    ■いま注目の最先端研究・技術探検!
    第9回 DDSは、細胞を元気にさせる再生医療の切り札的な技術だ!

    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/09/index.html

  • ◎境先生と3Dバイオプリンターを共同で開発している富山大学・中村真人先生の記事
    ■いま注目の最先端研究・技術探検!
    第8回 3Dインクジェットプリンターを使って、臓器ができる!?

    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/08/index.html

  • ◎外部環境の変化に応答して性質を変化させる高分子をつくり、がんや炎症など治療に役立てようとする取り組み
    ■いま注目の最先端研究・技術探検!
    第35回 「スマートポリマー」でがんや神経損傷を治す!

    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/35/index.html

  • ◎再生医療で使う臓器を工学的な発想で作ろうと取り組む東京大学・竹内昌治先生の記事
    ■いま注目の最先端研究・技術探検!
    第19回 点・線・面の細胞ブロックを活用し、三次元構造の組織をつくる

    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/19/index.html

  • ◎DNAの指令で動きをコントロールするナノサイズの分子ロボットを開発して、医療応用をめざす北海道大学・角五彰先生のインタビュー記事
    ■この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」
    第65回 動力源はATP。DNAが制御する分子ロボットの可能性を求めて

    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/65/index.html

(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

マンガのページにもどる

この記事をみんなにシェアしよう!