公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

「スマートポリマー」で、がんや神経損傷を治す!~物質・材料研究機構 荏原研究室を訪ねて~

「スマートポリマー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。温度やpH、光、磁場など、さまざまな外部環境の変化に応答して自らの性質を変化させるように設計された高分子(ポリマー)のこと。この性質を利用して、がんや炎症などの病気を治すポリマーをつくろうと取り組んでいるのが荏原充宏先生。ティッシュペーパーのように身近で安全、世界中どこでも役立つ医療材料をつくろうと奮闘中だ。
自己修復、生分解性、形状記憶など多彩な“必殺技”

がんが見つかったら、手術も抗がん剤も放射線治療も使わずに治る時代が来るかもしれない。何で治すかといえばプラスチックだ。プラスチックを病巣に近づけて接触させると、がん細胞が自らアポトーシス(自然死)を選び、死滅してしまう。あるいはアルツハイマー病や動脈硬化・心筋梗塞などの原因になっているといわれる炎症も、やはりプラスチックを病巣に接触させると、見る間に炎症が鎮静化してしまう──。
そんな夢のような技術を開発しようと取り組んでいるのが、物質・材料研究機構(NIMS)国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)の荏原充宏先生だ。
先生が開発するのは、プラスチックといってもただのプラスチックではない。「スマートポリマー」と呼ばれる、特殊な機能を持ったプラスチックだ。いったいスマートポリマーとは何だろう?

「そのまま日本語に訳せば『賢い高分子』という意味です。例えばバターやチョコレートは熱を加えると溶けて柔らかくなり、冷やすとまた固まります。これは天然の高分子の働きですが、それと同じように人工の高分子も、温度やpH、光、磁場などさまざまな外部環境の変化に応答してその性質を変化させるように設計することができます。例をお見せしましょう」

こう言って荏原先生が取り出したのが、ペラペラの色テープのようなプラスチック。
「これを引っ張ると、ほらこんなに長くなります。お湯につけると、あっという間に元通りになる。これはお湯につけると元の形に戻る形状記憶ポリマーです。こんなふうにわずかな刺激に応答して、しかも可逆的にその性質を“On‐Off’で変化させることができので、さまざまな用途への応用が期待されています」

長くのびた青いプラスチックをお湯につけると・・・(写真左)
瞬時に短くなった(写真右)

先生が見せてくれたのは、どんなに形が変化しても元の形を記憶している「形状記憶ポリマー」だが、ほかにもさまざまな機能を持ったスマートポリマーがある。
スマートポリマーのすごさ・面白さを広く伝えるために、荏原先生たちが企画し、学校やイベントに出かけて展開しているナノ戦隊「スマポレンジャー」のまんが絵本から、スマートポリマーの働きの一部を紹介しよう。

まんが絵本「スマポレンジャー」
スマポレンジャーHPで、まんがの全ページをダウンロードできる。

スマポレンジャーを通じて最先端の材料科学の面白さを子どもたちに広く伝えている荏原先生は、2016年に「つくば科学教育マイスター」に認定された。ナノ戦隊スマポレンジャーと荏原先生(左)、右は市原健一つくば市長(当時)

サッカーをしていて突然おなかが痛くなった男の子が、病気の原因を探すためにカプセルを飲む。カプセルが小腸に到達すると、中から5人のスマポレンジャーが登場する。彼らはスマートポリマーでできていて、それぞれ必殺技を持っているのだ。その技とは、「形状記憶」のほか、水分子とくっついてからだの中で異物とみなされないようにする「免疫回避」、温度やpHなどわずかな生体内環境の変化や特定の分子の存在を感知する「バイオセンサー」、体内で分解される「生分解性」、そして、バラバラになっても元通りに修復される「自己修復」の機能だ。

「スマポレンジャーは子どもたちにわかりやすく解説するため、色別に5つの必殺技を持っていることにしましたが、実際にはもっと多種多様な特性を持ったスマートポリマーをつくることが可能です。もちろん機能を組み合わせることもできます。こうしたポリマーを私たちは医療に応用しようと取り組んでいるのです」

荏原充宏(えばら・みつひろ)

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)
国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(MANA)准主任研究者

1975年東京生まれ。99年早稲田大学理工学部応用化学科卒業。2004年同大学院理工学研究科応用化学専攻博士後期課程修了。工学博士。同年米国ワシントン大学バイオエンジニアリング学部博士研究員。07年大阪大学医学部附属病院未来医療センター特任助教。09年物質・材料研究機構(NIMS)主任研究員。16年より現職。筑波大学連係大学院准教授、東京理科大学連携大学院准教授、ワシントン大学客員研究員も務める。16年、つくば市内の科学技術教育に貢献し顕著な功績を挙げたとして、「つくば科学教育マイスター」に認定される。

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