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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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人間が想像できることは必ず実現できる

このようにアイデアにあふれた荏原先生の研究だが、ユニークな発想のヒントはどんなところにあるのだろう?

「いつも、こんなことができたら楽しいな、というものを思い浮かべてはスケッチをしているんです。研究室のメンバーにも、夢の道具をつくれ!と呼びかけて、アイデアコンテストをしているんですよ。アイデアの在庫のほうが多いくらいです」

先生の研究室にはアイデアのスケッチが壁いっぱいに並んでいる

学生のアイデアや子どもたちのアイデアもある。「アイデアを絵に落とし込んでおくことが大事」と荏原先生

そう笑う先生の発想の根底にあるのは、 “SFの父”といわれるフランスの作家、ジュール・ヴェルヌの言葉だ。

「彼は『人間が想像できることは必ず実現できる』と言っていて、それが私の研究室のフィロソフィーにもなっています。『20世紀のパリ』という彼の作品では、電車が走り、人々は電話で話しているんです。何の変哲もないパリの風景と思いきや、電車も電話もなかった150年以上も前の作品なんです。同じように1865年の『月世界旅行』という本では、アポロ計画のはるか前に月に行って帰ってくる話を書いています。ジュール・ヴェルヌが教えてくれるのは、想像することの大切さです。今できないことを実現するには新しい技術をつくらなければいけない。それには今はまだ存在しない技術を想像することが大事なんです」

“貼る”がん治療も腕時計型尿毒素除去フィルターも、最初は「あったらいいな」からスタートしたもの。もちろんニーズのあるもの、医師からこれをつくってほしいと要望のあるものをつくることは大切だが、もう一方で、自分たちで勝手にイメージを膨らませることも技術の発展には欠かせない。医学部工学部両方からの発想でイノベーションを起こすことが必要だと先生は考えている。

荏原先生の究極の目標は、薬剤が含まれていないスマートポリマーだけで病気を治そうというものだ。
「数年前までは、中に何も入っていないポリマーががんを治す、というのは夢のまた夢でしたが、最近、触れるとがん細胞が死ぬポリマーができるようになって、実用化に期待が持てるようになっています。
また、超高齢社会の日本では、健康寿命を延ばしてくれるようなポリマーも重要ですよね。介護が必要な病気のほとんどは炎症が原因といわれています。アルツハイマー病は脳の炎症が関わっていますし、心筋梗塞やリウマチも炎症が原因です。私たちは最近、薬を使わずに炎症を鎮静化させるポリマーの開発に成功し、昨年12月に発表しました。それをどう臨床で使うかですが、たとえば人工関節にコーティングするとか、膝に注入するとか、患部に貼るとかが考えられています」

薬を使わずに接触するだけでがんや炎症が治る──まさに夢のような話だが、たとえば荏原先生らが開発した炎症を抑制するポリマーは、薬を使わず免疫反応を利用する。そもそも炎症は免疫反応によって起きるもので、特定のタンパク質が放出されて炎症が生じるのだが、一方で体中には、このタンパク質の放出を抑えるリン脂質もある。荏原先生が開発したのは、このリン脂質を含んだポリマーだ。マウスの白血球を使った実験では、リン脂質を含んだポリマーを炎症の患部に当てたところ、免疫細胞から放出される炎症を起こすタンパク質の量が10分の1程度に抑えられ、炎症を鎮静化することができたのだという。

「ティッシュペーパーのように身近なプラスチックで、薬を使うことなく病気を治したい」──想像でしかなかったことが、想像力をふくらませたことによって現実となる日が近づいているようだ。

「生きているうちには実現しない、なんて言う人がいるけれど、たとえそうだとしても研究者というのは300年後の未来の人を救うことも大事と考えて、今、全身全霊で取り組んでいるんですよ」

(2017年6月8日更新)