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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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メッシュを貼って、がんや神経損傷を治す

荏原先生のグループが2013年に開発に成功したのが、“貼る”がん治療用メッシュだ。これは大阪大学医学部附属病院未来医療開発部の李千萬特任助教らとの共同研究によるもの。
「扁平上皮がんの治療にあたっては温熱療法と化学療法を同時に行うと効果が高いことが知られています。温熱と併用すれば化学療法単独の10分の1ぐらいの薬の量でがん細胞を殺すことができるため、抗がん剤を減らし、副作用を少なくして治療が行えるなどメリットも大きいものの、これまでは2つの治療法を同じタイミングで行うことが難しかったのです。そこで開発したのが、数百ナノメートルの細い繊維が集まってできたメッシュ状の素材です。これを患部に直接貼って体外から交流磁場をかけると、メッシュに含まれている磁性ナノ粒子が発熱して、その熱に反応して温度応答ポリマーが水を出して収縮することで、中の抗がん剤が放出される仕組みです」

ヒトメラノーマ株を用いてこのメッシュの抗がん活性を調べたところ、交流磁場をわずか5分間、2回かけただけで、約70%のがんが死滅したという。
「肺がんのマウスを使った実験では、がんの大きさが2ヵ月で5分の1ほどになりました。がんの部位やタイプによって抗がん剤を放出するタイミングや徐放時間などをコントロールすることで、最適な治療ができるようになるはずです」

がん細胞の変化 左が治療前、右が治療後

がん細胞の数がこんなに少なくなっている!

このメッシュの技術を応用して、損傷した神経に薬剤を含んだメッシュを巻くことで神経の再生をうながそうというのが、2017年2月に発表された「神経損傷治療用ナノファイバーメッシュ」だ。これは大阪大学大学院医学系研究科整形外科学の田中啓之助教らとの共同研究によるもの。
「神経再生にはビタミンB12が有効なのですが、経口投与や注射による投与では、ほとんど吸収されずに排出されてしまうため効果が期待できません。そこで開発したのが、損傷した神経に直接巻いて、局所でビタミンB12(メチルコバラミン)を神経が修復するまで放出し続ける特殊なメッシュです。ポリマーの結晶性を制御することで、1ヵ月から1年にわたってメチルコバラミンの徐放期間をコントロールすることに成功しました。神経に直接巻くため、ゴワゴワしていたら余計に痛くなって逆効果ですから、ポリマーの構造を工夫して、極めて柔軟なものをつくりました。しかも生分解性プラスチックでできているので、治療が終われば体外に排出される仕組みになっています」

動物実験で坐骨神経損傷ラットに移植したところ、術後6週間で神経の軸索が再生され、運動機能と感覚機能の回復が確認できたという。

「超高齢社会を迎えて末梢神経の損傷に悩む患者さんは多いのです。現在、製薬会社と共同で、手根管症候群などの末梢神経障害の治療用シートとしての臨床応用が検討されているところです」