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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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途上国での感染症の早期診断と、災害で使える人工透析デバイスの開発

帰国後に荏原先生が取り組んだのは、ウイルスの有無を簡易検査できる小型の診断装置だった。

途上国では5歳未満の子どもの死亡率が極めて高いことが問題になっている。死因の半分以上を占めているのが、早期に診断・治療すれば治るような感染症だ。その一方で、こうした地域では、早期診断が可能な高感度センサーは高価な装置であるため導入が難しい。スマートポリマーを使った安価な診断装置がつくれないか——————そう考えて開発したのが、早期診断用ポリマーだ。
「診断にあたっては血液に含まれるウイルスや、感染によって体内でつくられるタンパク質をバイオマーカーとして検出することが必要ですが、こうしたバイオマーカーは血液中に1億分の1程度しか含まれていません。たとえるなら、東京ドームの大きさがあったとして、そのほんの小さじ一杯ぶんぐらい。見つけるのは非常に難しいのです。そこで、温度応答性ポリマーと抗体との複合体を用いました。抗体が外敵を捕えたあと、外部刺激によって沈殿・濃縮させることによってバイオマーカーを検出しようというものです」

このスマートポリマーは、汚染水など途上国の過酷な状況下でも機能を発揮することが確認されたという。

また、荏原先生が2014年に開発したのが、携帯型の人工透析代替システムだ。
国内で透析治療を受けている患者数は年々増加の一途をたどっており、日本透析医学会の統計調査によれば2015年12月時点で32万人を超えている。ところが、透析液を大量に使用する現在の透析治療では、東日本大震災など甚大な災害によって電気、水、交通手段などのライフラインが寸断された緊急時には、尿毒素を除去することは非常に困難になってしまう。
そんなときでも人工透析を続けるにはどうしたらよいだろう。

「私たちが取り組んだのは、血中の低分子尿毒素の1つであるクレアチニンを選択的に除去できるスマートポリマーです。試行錯誤を繰り返し、クレアチニンを選択的に吸着する性質のあるゼオライトを含有した生体適合性に優れた素材をファイバー状に加工し、不織布をつくりました。これを単3電池2本で動くコンパクトな腕時計型のカートリッジにセットするわけです」

腕時計型の尿毒素除去システムのイメージ。腕時計にはゼオライトを含有したエチレンビニルアルコール(EVOH)からなるナノファイバーが装着されており、尿毒素を吸着する

腕時計型の透析装置だなんて、ユニークだなぁ!


(a)ゼオライトを含有したエチレンビニルアルコール(EVOH)からなるナノファイバー不織布
(b)電子顕微鏡写真(スケールバー:8µm)

この不織布25gで、ヒトの体内に1時間に蓄積するクレアチニン量(約50㎎)を除去できることを確認したという。ファイバーの表面積やゼオライトの量を最適化し、不織布の交換を容易にすることで、実用レベルの機能が期待できるとみている。
発展途上国などインフラが未整備な地域でも透析患者は年間12%の割合で増えているため、クレアチニン以外の尿毒素の除去もできるデバイスをさらに探究していきたいと荏原先生は考えている。