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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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百均で買えるようなプラスチックで人の命を救いたい

ユニークな医療材料づくりに挑む荏原先生は、いったいどんなきっかけでスマートポリマーの研究・開発に取り組むことになったのだろうか。

「はじめから高分子をやりたいと考えていたわけではありませんでしたが、医療には興味を持っていました。医療をやりたいとなると、進路として医学部か歯学部、薬学部を考えることが多いと思いますが、私はものをつくることで医療に関わりたかった。病気を治すのが医者の仕事ですが、治らない病気も多い。治らない病気を治すためには、新しい何かをつくることが大事だと考えたのです。飛行機でいうと、パイロットではなく、飛行機をつくりたかったのです」

そこで早稲田大学理工学部応用化学科に進み、人工臓器の研究に携わった。当時の指導教員の酒井清孝教授が東京女子医大の岡野光夫教授と共同研究を行っていて、岡野教授のもとで出会ったのがスマートポリマーだったのだ。

「岡野先生は温度応答性のポリマーを使って、細胞シートを使った再生医療の道を開かれました。細胞シートそのものは最先端の研究ですばらしいものですが、患者さん自身の細胞を培養して再生医療に使うとなると、非常にコストのかかるものになってしまいます。私はもっと安価なプラスチックで多くの人を救いたいのです。特に途上国や大震災などの被災地で電気や水が止まっても使えるような医療材料をスマートポリマーでつくりたいと考えています」

荏原先生がそう考えるようになった原点は、ポスドクで留学したアメリカにあった。
早稲田大学大学院で博士課程を修了後、米国ワシントン大学バイオエンジニアリング学部の博士研究員となり、そこで参加したのが、マイクロソフトを創業したビル・ゲイツと妻のメリンダさんが創設したビル&メリンダ・ゲイツ財団の途上国支援の医療プロジェクトだった。
「そこで知ったのは、世界人口の70億人のうち、半数以上の50億人が1日2ドル以下で生活しているという事実でした。だからエイズの検査にしても1000円もするなら誰もやらないし、注射針だって使い回しされて感染症が蔓延してしまう。そんな現実を前に、すべての人に医療を提供できるデバイスを開発しなければ、と強く思ったのです。そしてスマートポリマーなら、手の中に入れてこすれば摩擦熱で熱に応答するポリマーが働き出すし、光応答性のポリマーを使えばさんさんと照る太陽光を利用できるじゃないかと思いました」

考えてみたら、医療材料のほとんどは、プラスチックでできている。しかも素材はというと、100円均一の店で売っているのと同じプラスチックだ。たとえば注射のシリンジは、シール容器で使われるのと同じポリプロピレンだし、人工血管もペットボトルと同様の樹脂でできている。

「100均で買えるような汎用のプラスチックでさえ人の命を救っているのだから、もっとユニークなプラスチックができれば、今まで治らなかった病気も治せるはず。これが今の私の出発点となったのです」。

アメリカでのポスドク時代(前列右から2番目)