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第5回 高校生たちがホンモノの脳にふれ、脳研究の最前線を体験 ~新潟大学脳研究所「スプリング・サイエンスキャンプ2010」レポート
新潟大学脳研究所で行われた「スプリング・サイエンスキャンプ2010」のテーマは「脳を見る、知る、調べる」。3日間の合宿を通して、最先端の脳研究の一端を学ぶプログラムが組まれている。今回参加したのは、全国各地から集まった8人の高校生だ。
サイエンスキャンプの日程は次の通り。1日目に脳研究所の各部門の紹介と見学、脳研究所教授の講演を聞き、2日目は2班に分かれて、講義と実習を受ける。
サイエンスキャンプの主な日程
1日目 午後 | 開講式 | |
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脳研究所各部門の紹介と見学 ・ヒトの脳を見る ・ヒトの脳と心を探る ──脳の働きを画像(MRI)で観察 |
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講演 ・目で見る脳の病気 ・遺伝子と脳の病気 |
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2日目 | A班、B班に分かれてテーマごとに講義と実習 | |
A班 | 午前 ヒトの脳にふれる 午後 脳の働きを目で見る |
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B班 | 午前 動物を用いた記憶・学習の研究 午後 神経細胞を見る、調べる |
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2日目 夕方 | 講師らとの交流会 | |
2日目 夜 | 発表準備 | |
3日目 午前 | 実習のまとめ、発表、ディスカッション 閉講式 |
A班は、肺がんで亡くなり、脳にもがんが転移した患者さんの脳で、脳標本をつくるプロセスを体験する学習から始まった。
指導役の先生から、「手に持ってみなさい」と促されて、参加者の男子生徒がヒトの脳を持ってみる。「思ったよりもずっと重くて、少し硬いです」。サイエンスキャンプでなければ、まずできない体験に、男子高校生は、驚きながらも感動している様子だった。
「これは血管ですか?」
女子生徒が脳を見ながら尋ねる。
「そうです。この血管は脊髄の中をずーっと通っているんですよ」
「かなり太いんですね」ともう一人の男子生徒。
「そうかな。脳全体の栄養を供給しているわりにしては、意外に華奢だと思わない?」
と、別の先生が問いかける。
先生たちは高校生の質問にていねいに答えていく。これから生命科学を学ぼうとする若い人に、自分たちの知識や研究の一端を伝えようと教える方も真剣だ。高校生たちも先生方やサポートする研究員の話に熱心に耳を傾けては、ノートを取っている。
▲ 先生たちの話に熱心に耳を傾ける高校生たち
最先端の研究者たちから直接指導を受けられる
「サイエンスキャンプ」は、(独)科学技術振興機構(JST)が主催する「高校生のための先進的科学技術体験合宿プログラム」。大学や公的研究機関、民間企業の最先端の研究施設を会場として、先進的なテーマに取り組んでいる研究者や技術者から高校生が直接講義や指導を受けるというものだ。
1995年に第1回がスタートし、生命科学、環境学、数学、物理学、情報工学など幅広い科学分野をテーマに全国のさまざまな研究機関が会場として参加している。新潟大学の脳研究所はその母体が1938(昭和13)年に発足したわが国でも最も歴史ある脳の研究機関で、サイエンスキャンプには2005年から参加、脳研究の楽しさや重要性を高校生たちに伝えてきた。
サイエンスキャンプの授業では、脳の部位や機能の説明が教科書の図版などではなく、実際にホンモノの脳で行われるのだからすごい。しかも、専門の先生から「この部分は脳幹です。もし大脳が失われても人は生きていけますが、呼吸や循環をつかさどっている脳幹がなければ生きていけません」などと解説が加えられていく。その間に、「脳内の血管が病変などで細くなると、心臓から送り出された血液が詰まって血管が膨れ上がる」ことなど、病理学的な話も先生が話してくれる。さらには、これに関連して、脳幹の機能が停止しても心臓の機能が保たれた脳死状態についてもさらりと触れるなど、脳に関連するさまざまな知識が高校生に伝えられる。参加した高校生たちが脳医学の分野に進んだとき、サイエンスキャンプで学んだときの光景を思い出すことだろう。
アルツハイマー病患者の脳標本をデッサン
サイエンスキャンプの実習は脳標本をつくるため、脳をカッティングする工程に進んでいった。まず、研究員や大学院生が刃物を使って脳を輪切りにする。刃物で切るとき熱を持たないように、水をかけながら慎重にスライスする。高校生も順番に脳のカッティングに挑戦する。高校生たちの顔からは、ヒトの脳標本づくりに参加した、とまどい、緊張、そして好奇心などがうかがえる。「手をけがしないでね」とやさしくアドバイスされながら慎重に脳を薄く切っていく。
高校生から次々に質問が発せられる。
「うれしいとか、悲しいとか、私たちの心理が生まれる場所はどこですか?」
「そうね、難しい質問ね。でも、そうした感情は新皮質のような新しい脳ではなく、脳の古層、原始的な部分にあることは確かね」と女性研究員が答えてくれる。
女子高校生が、印象に残る質問をした。
「亡くなった方のからだを使って標本をつくることに罪悪感は持たないのですか」
「献体される方は、ご自分が人生の最後にどうしたら社会に貢献できるかを考えられているんです。私たちは献体されたおからだは宝物のように大切に扱わせていただいています。新潟大学脳研究所には、そうした思いで献体された方の脳を使った脳標本が、1万点を超えて保管されています。新潟大学の脳研究所は、おそらく、日本で一番多く標本を持っているのではないでしょうか」
高校生たちは、実際の脳を見ながら多くのことを学び、その後、日本一といわれる脳標本保管室に足を運んだ。標本保管室の零下80度に保たれた冷凍庫には、標本にする前の脳の一部も冷凍保管されていた。これらの見学を終え、あらかじめ準備されていたアルツハイマー病患者の脳の組織標本を顕微鏡で観察しながらデッサンをとる。アルツハイマー病の患者さんの脳、とくに記憶をつかさどる海馬が正常な海馬に比べてずいぶんと小さくなっていることに驚いた様子だ。こうしてサイエンスキャンプの学習は午前の部が終了した。
▲ 実際の脳を使って脳標本をつくる作業が始まった
▲ 水をかけながら刃物で脳をカッティングする(ビデオ)
▲ 脊髄についても詳しく調べる
▲ 顕微鏡で脳の組織標本を観察しながらデッサンをとる
▲ 高校生の脳のデッサン。とてもうまい