中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

DDSが実現する再生医療

田畑先生がとくに力を入れているのは「徐放化」技術の開発だ。
「私たちのからだはタンパク質でできていますね。その3分の1はコラーゲンというタンパク質です。そのコラーゲンを消化しやすくしたゼラチンから作ったハイドロゲル(水分をたくさん含んで膨らむゼリーのような高分子材料)に、細胞を元気にする栄養をしみ込ませて、からだに送り込むのです。このハイドロゲルは、からだの中に入って徐々に分解されますので、中の薬の活性を保ったまま、1週間から3カ月といった長い期間をかけて、徐々に放出することができるんです」

実際にこの技術を応用してどんな再生医療が可能になるのだろうか。
たとえば、足の血管が詰まる「閉塞性動脈硬化症」という病気がある。骨髄にある血管になる能力を持つ細胞を移植する治療方法では、移植された細胞が体内で生着する割合はわずか2%にすぎない。しかも、この2%のうち8割の細胞はすぐに死んでしまう。その細胞に栄養を運ぶための血管がないからだ。
「そこで、ハイドロゲルに血管をつくる作用を持っているタンパク質を入れて足の筋肉に注入したところ、筋肉内のハイドロゲルが分解するとともに、タンパク質が徐々に放出され、もともとからだの中にあるいろいろな細胞が元気になり、新しい血管や皮膚がつくられ、足の潰瘍が改善されました」

また、高齢者やスポーツ選手に多い「半月板損傷」は、膝の骨と骨の間にある軟骨が傷ついて起こる。軟骨の間には血管がないため治りにくく、従来は糸で縫合するなどしていたが、完治はむずかしかった。しかし、患者さん自身の血小板をしみこませたハイドロゲルを患部に張り付けたところ、軟骨が再生したという。
「このほか、心筋梗塞や突発性難聴をはじめ、歯周炎などさまざまな疾患が、この徐放化技術を応用して臨床現場で成果を挙げています。DDSを通じて、“再生医学”が“再生医療”として多くの患者さんを救うものになっているんですよ」

写真:血管新生

DDS技術によって、心臓の冠動脈でも血管新生が見られた。写真右の矢印の白く見えている部分が新生血管

治療だけではない。再生医学の研究にも、DDSは大きく貢献できるはず、と田畑先生は話す。
「いま細胞の培養はシャーレでやっていますが、これってほとんど2次元の世界です。でもからだは3次元ですよね。からだにできるだけ近いスポンジやフェルトでできた3次元の家を開発しなくちゃならない。また、からだの最小単位は細胞ですが、からだの機能を発現する最小単位は、細胞が集まった細胞集合体です。これを培養するには、集合体内部の細胞が酸欠になったり栄養不足になったりしないような工夫が必要です。全部、モノづくりの世界なんです」

先生の研究室では、細胞がどんな素材の家が好きか、どんなタンパク質を好むか、材料と生体との間にはどんな相互作用があるのかetcを日々、探究している。
「興味深いことに、脂肪組織と同じ硬さの材料の上で培養すると、幹細胞は脂肪に分化しやすいのです。細胞を培養する足場のタンパク質やカルシウムの濃度など、さまざまな環境をコントロールすることで、細胞の分化の方向性を制御できる可能性もあります。こうした基礎生物医学研究にも、創薬にも、細胞移植医療の進展にも、DDSと生体材料の研究が欠かせないわけです」

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