中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

研究成果を社会に還元したい

ところで田畑先生は、そもそもなぜ、生体材料、DDSなどの研究を手がけるようになったのだろう。
「私の家系はお祖父さんも父も大阪の商人でしたから、学問をするといっても、学んだことを社会に役立てられなければならないと教えられてきました。子どものころからサイボーグをつくる夢を持っていたんですが、高校2年生のころ、病気で足を切断しなければならない人のことを知って、人工血管をつくってそういう人を救いたいと思いました」

お父さんに相談したところ、銀行でアドバイスをもらい、京都大学の工学部で高分子化学を専攻することをすすめられた。ところが入学してみると繊維やプラスチックの研究ばかりで、生物学や医学の講義は一つもない。「これはだまされた」と思い、医学部を受験し直そうと考えていたとき、たまたま医学部の友人が使っている生化学や解剖学の教科書を見る機会があった。
「教科書の著者には、工学博士の肩書きを持つ人が多かった。それで、工学部でも医学や生物学の領域にいけるんだと思ったんです。それで迷いが吹っ切れて、医学書を読み、医学部、理学部、薬学部の授業を進んで受けるようになりました」

さらに、MIT(マサチューセッツ工科大学)での留学体験が、田畑先生の方向性を決定づけることになった。
「MITにロバート・ランガーという材料学の先生がいました。この先生は材料学から再生医療にアプローチした人で、“ティッシュ・エンジニアリング(生体組織工学)”の生みの親として知られています。再生医療には細胞を移植して治療する方法と、材料を使って細胞の周りの環境を整え、自然治癒力を高める方法もある。ランガー先生は、肝臓の細胞を3次元構造のスポンジに入れて細胞塊をつくって、肝臓を試験管内でつくることに挑戦していたんです。私はこの研究を間近で見ていて、この研究の実現には、細胞学と材料学の両方が必要だと感じました」
帰国してから、田畑先生はさらに医学や薬学を学び、工学のほか医学と薬学の3つの博士号を取得した。

田畑先生がめざすのは、研究のための研究ではなく、研究成果を社会に還元すること。再生医療がどの病院でも施術できるふつうの医療とするために、先生の研究成果をもとに開発した生体組織の再生を促す徐放化ゲルの販売を行う会社も興した。また、再生医療に役立つ技術を持つ中小企業に声をかけ共同研究を行うほか、「モノづくり中小企業活性化研究会」を立ち上げ、再生医療に必要な技術のレクチャーやコンサルティングを行っている。
「印刷や電気、繊維、機械、分析など幅広いモノづくりの技術が再生医療の発展に不可欠だという信念からです。学部の枠を超えるだけじゃなくて、大学と大学、大学と会社、業主の異なる会社同士を交流させる『通訳』の役割を果たしたい。再生医療という新しい医療を実現するための医療材料を世に送り出していきたいんですよ」

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