さて、世界各地のさまざまな地域集団のミトコンドリアDNAを分析し、突然変異を鍵にして、DNA配列の似た者同士をまとめていくと、いくつかのグループに分かれる。このグループのことを「ハプログループ」といい、系統関係を示したのが次の図だ。アフリカを出た人類が、世界の各地へと広がっていく道筋が大まかにわかるだろう。
「人類の共通祖先は図の左上のL0です。約6万年前にアフリカを出たグループは、L3から派生したMとNのハプログループに分かれます。Mはアジア人だけから構成されるグループで、Nはユーラシア大陸の東西、ヨーロッパとアジアへとその分布を広げていきました」
ところで日本人はどのようなハプログループから構成されているのだろう?
次の図は、日本人の持つハプログループの割合を示したものだ。日本人1000人以上のデータから計算されたという。
日本人の持つ各ハプログループの割合
「日本人にもっとも多いハプログループは、D4、D5のDグループで、約4割を占めています。このグループは、中央アジア、東アジアで優勢で、朝鮮半島や中国東北部でもこの二つが人口の3~4割を占めています。
ハプログループBは、日本人の7人に一人が該当する第二集団。およそ4万年ほど前に中国の南部で発生したと推定され、東アジア沿岸から北上する過程で日本に上陸したものと思われ、その後南太平洋から南米までも拡散しています。
また、4万年以上前に誕生したハプログループM7は、2万5000年前に枝分かれしたa、b、cの3つのサブグループがあり、M7aは琉球列島を通って日本に入ってきたと考えられ、本土では約7.5%ですが、沖縄では4人に一人がこのグループです」
ハプログループN9は、北方から日本に入ってきたグループ。中東から北方に進み、ヒマラヤの北を通って東アジアへ来たと推定されている。
わずか0.46%しかいないCグループは、中央アジアから新大陸まで広がっているグループで、中央アジア一帯の草原地帯に起源があったと見られ、遊牧騎馬民族国家の元などが大帝国を築いたときに、大きく範囲を広げたと思われるという。
こうして、日本人の持つハプログループのひとつひとつを検討し、そのグループがどのような径路で日本に入ってきたかを推測していくと、世界史的な視点から、遠い時代の人類のダイナミックな動きが見えてくるようだ。
「日本では歴史時代に外国からの侵略や大量の移民がなく、同族集団として暮らしてきたかのような感覚を持っています。でも実際には、過去に集団のDNAを構成を大きく変えるようなヒトの流入も経験していますし、わずかではありますが、外国からヒトが流入し続けています。現代日本人のなかには、出現率こそ1%以下ですが,ヨーロッパのハプログループの系統も存在します。地域集団というのは決して固定されたものではなく、歴史のなかで入れかわり変化していくものなのです」