ところで、白澤先生がこの分野の研究を始めたのはどんなきっかけからだろうか。 先生は1990年頃からアルツハイマー病の研究を始めた。これは神経細胞が脱落して脳が委縮するなどして発症し、物忘れが激しくなったり、行動や精神状態に異常をきたす病気だ。
「1990年はアルツハイマーの原因遺伝子が同定(特定)された年で、その後次々にアルツハイマー病の原因遺伝子が見つかりました。私は医学部出身で分子遺伝学を専門にしていましたから、遺伝子の観点からアルツハイマー病の治療や予防の研究にアプローチしたのです。 7年間研究してたどり着いた結論が、アルツハイマー病の最大の予防戦略は、歳をとらないこと、つまりアンチエイジングにあるということだったのです」
そこで現在は、テロメアやこれまでの線虫の研究でわかった冬眠モードやゆっくりした生体リズムによる老化防止、生命科学の最前線のさまざまな研究成果を取り入れながら、長寿を導く予防医学を提唱しているのだという。
「私が注目したのは、英国の医学雑誌『ランセット』に2005年に掲載された研究で、太った人と痩せた人のテロメアを比較すると、太った人のテロメアは痩せた人より9年分短くなっているというものです。また、喫煙している人のテロメアもタバコを吸わない人に比べて短くなっています。遺伝的な要因だけでなく、ライフスタイルが長寿に重要な役割を果たすわけですね」
白澤先生が長寿の条件として挙げるのは、(1)栄養バランスに配慮しながらカロリーを控えめにした食事、(2)筋肉や骨を鍛え、カロリーを消費する運動、(3)ストレスをためない生き甲斐づくりの3つだ。
「この3つが揃っている村が、私が調査対象としている長野県の高山村です。ここは日本でも有数の長寿村で、同じ年齢の東京の人と高山村の人のテロメアを比較したところ、高山村の人の方がテロメアが長いという結果が出ています。高山村の人のライフスタイルを全国に広げていけば、日本は高齢者が元気な国になると思っています」
高価な薬より、まず健康的なライフスタイルでアンチエイジングをめざすことが一番というわけだ。
最後に知っておいてほしいのは、長寿をもたらす条件の一つとしてカロリー制限がキーワードとなっていたが、それは新陳代謝が鈍ってくる40歳以上の場合であり、中高校生のような若い人は、栄養バランスに気をつけることが最も大切で、肥満などを別にすれば、カロリー制限の必要はないということ。無理なダイエットは禁物なんだ。
▲ 高山村では地産地消、野菜や果物中心の食べ物が食卓に並ぶ
(2011年11月7日取材)