シリコーンゴムは、インソールだけでなく、軽くて、柔軟性に富み、成形がしやすく、水洗いもできることなどから医療用品の素材としての可能性を持っていた。
中村ブレイスでは、シリコーンゴムを素材として、関節リウマチの患者さんのための親指を支える装具や膝の関節を支える装具などさまざまなシリコーン製品を開発していったが、その中でも大きな反響を呼んだのが、乳がんの手術などで乳房を失った人のための人工乳房や、病気や事故あるいは外科手術によってからだの一部を失った人のための、ほんものそっくりな人工の手指、鼻、耳などのスキルナーと呼ばれる人工補正具である。
これらの製品は本社から車で2分ほどの「メディカルアート研究所」でつくられている。
▲ メディカルアート研究所。大田市内の築150年の酒蔵を移築
中村社長が人工乳房を開発しようと考えたのは、いまから25年も前のこと。当時は乳がんの治療というと、外科手術によって乳房を切除する方法がほとんどであり、乳房を喪失したことに悩む患者さんが多かった。当時出回っていたアメリカ製の人工乳房は重くて、装着感も良いものではなかった。「なんとか、そうした患者さんが違和感なく身につけられる人工乳房がつくれないか」と、数人のスタッフとともに研究を開始した。
乳房の形や色などは、一人ひとり違う。そうした細かい違いにまで気を配ってつくらないと患者さんには満足してもらえない。試行錯誤の末、現在同社でつくられている人工乳房は、身につけても軽く、弾力もあり、入浴しても違和感のないレベルの製品になっているという。
寺岡さんに案内されて研究所の中に入ると、スタッフが作業台の上で手指の形をつくったり、乳首の色づけをしたりしている。色づけは専用の絵の具を混ぜ合わせて微妙な肌の色の違いを表現していくのである。指には指紋も入れ爪や毛をつけてリアルに再現。こうしてつくられた完成品は一瞬本物かと思うほど精巧にできている。
「スキルナーは、患者さん一人ひとりのためにつくられるオーダーメイド製品です。このため患者さんは遠くからわざわざ当社を訪ねてこなければなりませんが、そんな不便さにもかかわらず、国内各地はもとより外国からも訪ねてきてくださいます」と、寺岡さんが説明してくれる。
メディカル研究所の製品は、人工乳房はレディメイドのものも用意されているが、基本的にはオーダーメイドで手間ひまがかかるため、採算からみると赤字続きである。しかし、社員は世界に中村ブレイスにしかないメディカルアート部門を持っていることを誇りにしており、患者さんのためになる仕事へのやりがいも感じているという。
▲ 人工乳房「ビビファイ」。オーダーメイドとレディメイドの製品が用意されている
▲ 人工乳房のシリコーンの裏から血管を描く作業
▲ 乳首の色を研究。シリコーン専用の絵の具の5色を混ぜ合わせて色をつくりだす
▲ オーダーメイドの手指は完成までに数週間から3カ月程度かかるという
▲ 石膏でかたどった患者さんの左手の型を見ながら、右手の型をつくっていく
▲ 指のスキルナーには爪もついている
▲ 指紋も入れてある
▲片方の耳の形状と、装着する部分の形状にあわせて、取り付ける耳のかたちをつくってゆく