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第18回 患者さんの身になって生活の質を高める義肢装具を開発~中村ブレイスを訪ねて~
出雲空港から電車とバスを乗り継いで約2時間、中村ブレイスのある島根県大田市大森町に着いた。大森町には世界遺産・石見銀山があり、戦国時代から江戸時代にかけて多くの銀を産出したことで知られている。銀の産地だっただけあって、町を囲むようにして山が迫っている。中村ブレイスの本社は、いまは「石見銀山資料館」となっている江戸時代の代官所跡の隣にあった。
▲ 本社
その本社の中に「義肢装具」をつくる工場がある。事故や病気で手や足などからだの一部を失った人がその機能を補うために使う義手や義足などが「義肢」、腰の痛いときなどに装着するコルセットのように、障害を軽くしたり、予防や矯正を目的に使用するのが「装具」である。
総務部の寺岡大介さんに工場を案内してもらった。最初に入った部屋には、広い作業台が置かれ、その上に石膏でつくられた人間の脚の部分が置かれている。
「これは病院の患者さんの脚の形を再現したもので、これをもとにして下肢の麻痺や、靭帯を損傷したり、ひざ部分を損傷したりした患者さんのための固定装具を作製します。患者さんの脚の形をとるときには、ギプス包帯をまいてその中に石膏を流し込んでつくるのですが、例えばひざ部分の骨ばったところに装具が当たると痛いので、その部分は少し石膏をふくらませてやり、ゆとりを持たせた形で装具をつくるような工夫をしていきます。脚のどこにどんな力が加わるかといった解剖学的な知識も必要ですね」
▲ ベテランの職人さんが、石膏で患者さんの脚の形を再現
▲ 200℃の温度でプラスチックを溶かして加工するオーブン
▲ 採型し、修正した患者さんの脚型の数々
▲ 下肢の麻痺などの患者さんにあわせて、金属支柱の長さを調整する
別の部屋では、頭部や頸椎を保護する装具がつくられていて、ちょうど仕上げの段階の作業が行われているところだった。頭部に使うための吸水性、撥水性のよい素材を保護帽本体にミシンで縫い付けているところだ。
さらに他の部屋に移ると、ここでは胸部、腰部などを圧迫骨折したときなどに使われるコルセットが製造されている。コルセットのからだに触れる側の素材は、軽くてしかも肌触りがよくできている。「このコルセットは規格化した製品です。基本的なところはここでつくり、全国の義肢装具を扱っている同業者に送って、担当するそれぞれの患者さんに合わせて高さなど細かい部分を調整して使ってもらうようになっています」と、寺岡さんが解説してくれた。基本となるコルセットの設計にあたっては、病院のお医者さんからアドバイスをいただき、患者さんが使いやすいよう改良を重ねていく必要があるという。
▲ 吸水性、撥水性にすぐれた素材を使った頭部保護帽。オーダーメイド製品は出来上がるまで1日から2日かかる
▲ 胸椎・腰椎の圧迫骨折などをしたときに胸や腰を保護する体幹装具
次に案内された部屋では、義肢がつくられていた。
「ここが義肢ソケットの製作現場です。ソケットは、患者さんの脚の切断部と義足とを接続させる重要な部分で、切断した部分の形に合わせてつくります。歩くときに患者さんの全体重がそこにかかってくるわけですから、フィットさせるために細かな調整が必要です。骨の部分にソケットが当たって痛みが出たりしないよう、また長い間義肢をつけても接触面がかゆくなったりしないよう、材質を工夫します。患者さんのリハビリの状況に合わせて何度も訪問することもたびたびです」と、若い社員が語ってくれる。彼は地元の出身で、お兄さんの足が悪いこともあってそうした人のためになる仕事につきたいと中村ブレイスに入社したという。
この本社工場からは、このほか、アキレス腱断裂手術後にギプスのかわりに装着し、下肢を固定する装具や外反母趾用装具、膝や手首、足首を捻挫したときのサポーター、さらには大腸がんなどの患者さんのための人工肛門用の装具など、百数十種類におよぶ義肢装具がつくられている。
▲ 義肢をつくる仕事部屋
▲ 中村ブレイスで仕事がしたかったと語る地元出身の社員
▲ 歩行時に痛みが出ないよう体重をうけとめる義肢ソケット
▲ カラフルな頭部保護用のトップヘッド。女の子にはピンクが人気。いちばん多く出るのは黒色だという