さて、この4月に「NATURE MATERIALSオンライン版」に発表され、日本でも大きな注目を集めているのが、細胞を「線」のブロック──つまり、細胞を生きたまま細いひも状にする技術だ。
「もともと、私たちのからだをよく見てみると、筋肉、神経、血管など、その多くがファイバー状、つまり細いひものような組織からできています。ひもをつくるには、細胞ビーズを並べる方法もあれば、面を丸めてチューブ状にする方法もありますが、最初からひも状のものをつくる方が話がはやい。私の専門のマイクロ流体デバイス技術が得意とするところですから」
まず髪の毛ぐらいの細さの二重構造の流路を用意する。外側にはカルシウムイオンに出合うと急速にゲル化する性質をもつアルギン酸ナトリウム溶液を、内側には細胞とコラーゲンなどの混合溶液を入れて流しながら培養すると、コンニャクゼリーのようになったゲルの内部で細胞がどんどん増え、約70時間ぐらいでメートル級の長さの「細胞のひも」(細胞ファイバー)ができるのだという。


▲ 流路に細胞がいっぱいに

▲ 繊維芽細胞による細胞ファイバー
細胞ファイバーがつくられる様子を動画で見てみよう!
「ここでのポイントは、コラーゲンやフィブリンなどの細胞外マトリックス(ECM)を一緒に入れること。ECMは細胞と細胞の間を埋め、細胞が快適に成長する環境を提供する働きを持っているんです。このため、流路という培養環境のなかで細胞は互いにコミュニケーションをとりながら増えていくことができるわけですね。外側のアルギン酸ゲルを溶かしても、ひもの形はくずれることはありません。私たちはこの技術を使って、神経細胞や筋肉細胞、繊維芽細胞、上皮細胞などからなるさまざまな細胞ファイバーづくりに成功しました」
しかも、できあがった細胞ファイバーは、もとの細胞の機能を保持している。筋肉の細胞からつくった細胞ファイバーは収縮運動をし、神経細胞でつくった細胞ファイバーはファイバー内で神経ネットワークに似た構造を構築し、内部の神経細胞の活動を確認できた。さらにヒトの血管内皮細胞からつくった細胞ファイバーは、血管様のチューブ構造をつくりだしたという。

(A)伸縮運動をする心筋ファイバー
(B)管腔様構造を形成する血管内皮ファイバー。緑はアクチン、青は細胞核

(C)大脳新皮質細胞のファイバー。緑色はニューロン。長軸方向にのびている
(D)神経幹細胞からニューロンとグリア細胞に分化した神経幹細胞分化誘導ファイバー。緑はニューロン、紫はグリア細胞、細胞核は青く光っている