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第20回 睡眠中の脳活動パターンから「夢を解読」~ATR脳情報研究所 神経情報学研究室 神谷之康室長を訪ねて~

「夢の内容を解読できる」―そんな夢のような研究が進んでいる! 睡眠中の脳の活動パターンを解析することで、「あなたは今、本の夢を見ていましたね」などと、夢に現れるものを高い確率で的中させることができるのだという。研究をさらに発展させれば、心理状態を可視化したり、幻覚などを解読することによって精神疾患の診断に応用できる可能性もあるという。ATRの神谷室長に、脳の情報から心を読む研究の最前線と可能性についてうかがった。

夢に現れたものを「解読」

2010年に公開されたアメリカのSF映画「インセプション」の主人公は、人の夢に入り込んでアイデアを盗み取る企業スパイだ。この映画には、夢の世界を構築する夢の設計士や夢の世界を安定させる薬の調合師など、夢に関係するいわくありげな人物が続々と登場する。こうした夢の世界を扱ったSF小説、映画はこれまで数多くつくられてきた。

「他人の夢を映像で見てみたい」「夢の中に入り込んでみたい」などと、多くの人が一度は夢想したことがあるかもしれないが、現実にはそんなことは不可能と考えられてきた。
それだけに、ATRの神谷室長を中心とする研究チームが、今年4月、科学誌『Science オンライン版』に「睡眠中の脳の活動パターンを解析することで、夢に現れた物体の情報を高い確率で読み取れる」と発表したとき、脳科学に興味を持つ人は大いに驚いた。

「夢の内容を解読できる」といっても、夢の内容の詳細を再現できるわけではなく、あくまで夢の中に登場する物体を推定するというものだが、それでも客観的な「サイエンス」として解読できたのは画期的なことだ。
具体的にどのような方法で、夢に出てくるものを当てることができたのだろうか? 神谷室長によると———。

「私たちは3人の被験者に、頭部に脳波計(EEG)を付けた状態で、脳の血流の変化などを計測できるfMRI(機能的磁気共鳴画像)装置に入って眠ってもらいました。モニターで脳波計のデータを見ながら、被験者の脳から睡眠時に出る波形を読み取り、睡眠波形が出たところで被験者を起こし、直前に見た夢の内容を自由に報告してもらいました。
そして、3人の夢の中に出てきた物体を、『本』『建物』『クルマ』など、約20のカテゴリーの名詞に分けしました。たとえば、『スポーツカー』や『バス』という具体的な報告があったとすると、それは『クルマ』というカテゴリーに区分けされるわけです。こうした実験を3人の方に延ベ200回ほど行って、夢に出てきたものと、それに対応する脳活動をデータ化しました」。

一方で、神谷室長たちは、被験者に「本」や「クルマ」など各カテゴリーの画像を見せて、その画像を見たときにどんな脳活動のパターンを示すのかをfMRIで記録し、それぞれのパターンを解読するアルゴリズム(デコーダ)を構築しておいた。
「被験者が夢で見た脳活動のパターンをこのデコーダで分析したところ、どんな物体が夢に現れたか、おおよそ70%くらいの精度で当てることができたのです」

脳波計をつけている被験者

脳波計をつけている被験者
脳波計は脳から生じる電気活動を脳の表面などに置いた電極で記録するものでEEGと呼ばれる。被験者が睡眠状態に入り、夢を見ているときの脳波をキャッチするために使われる。

fMRI装置の中に入る被験者

fMRI装置の中に入る被験者
「fMRI」は、睡眠中の脳の活動を計測する装置。視覚・聴覚などの五感や運動、認知的な刺激によって神経細胞が活動すると対応する部位の酸素が消費される。このときの血流量の変化を画像化することによって、脳の活動状態を探ることができる。

神谷 之康
神谷 之康(かみたに・ゆきやす)ATR脳情報研究所 神経情報学研究室 室長

1993年 東京大学教養学部教養学科卒業、95年 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、2001年 カリフォルニア工科大学 博士課程修了(Ph.D.)、同年 ハーバードメディカルスクール、ベスイスラエル・ディーコネス・メディカルセンター・研究員、03年 プリンストン大学・客員スタッフ、日本学術振興会・特別研究員(SPD)、04年 ATR脳情報研究所・研究員、06年 奈良先端科学技術大学院大学・客員准(助)教授、07年ATR脳情報研究所・主任研究員、2008年より現職。2011年より奈良先端科学技術大学院大学・客員教授も務める。

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