中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

乳がんの晩期再発の仕組みを解明

さて、血液中に分泌され腫瘍マーカーとして注目されるマイクロRNAだが、DNAと同じように核酸であり、本来はからだの中の酵素で分解されやすいものだ。なぜ、それが分解されることなく血液中に分泌されるのだろう。

「マイクロRNAは、裸のまま血液の中に放り出されるわけではなく、エクソソームというナノサイズのパーティクル(小胞)によって包み込まれているため、酵素に分解されずに安定的に存在することができるのです。腫瘍マーカーとして検出できるのはこのためなんですね。
エクソソームの中に入っていることは、酵素に分解されることを防ぐだけではなく、先ほどお話ししたように、がん細胞がマイクロRNAを別の細胞に受け渡して生き延びるためにも必要な戦略といえます。エクソソームに包まれたまま、特定の細胞に取り込まれるようなシグナルを出しているんですね。これはまだ研究中なのですが、どうもエクソソームには、何丁目何番地という番地が書かれていて、どの細胞に行くか、どのマイクロRNAを入れておくかが決まっているようなのです」

こうしたマイクロRNAの研究は、これまでわからなかったがんの謎について明らかにしようとしている。その一つが、乳がんはなぜ、10年、20年たって再発するかという『晩期再発』の解明だった。落谷先生たちの研究グループは、2014年7月、米国の科学誌「Science Signaling(電子版)」にその謎を解明した論文を発表した。
「これまでの研究で乳がん細胞が骨髄に長期潜伏して出番を待っていることはわかっていましたが、潜伏生活を送るその仕組みについては不明でした。私たちは、乳がん細胞が骨髄の中に潜伏しているのは、骨髄の中にある間葉系幹細胞から分泌されるエクソソームに包まれたマイクロRNAががん細胞の好物だからではないかと考えました。がん細胞はその好物のマイクロRNAを取り入れることによって、長い間休眠することができるのです。そして休眠中にがんの薬に対する耐性を身につけてしまうため、治りにくくなってしまうというわけです。
ところが患者さんが高齢化するなどして、好物のマイクロRNAの供給がなくなったりすると、骨髄の中でじっとしていることをやめ、がん細胞が暴れだすことを突き止めました」

今後、マイクロRNAによるがん診断の研究が進めば、骨髄中の血液を採取し、乳がんに関係するマイクロRNAの量を測定し、再発しやすさをモニターすることができるようになるかもしれない。また、マイクロRNAを標的とした医薬品の開発にも期待が寄せられている。
「これまでがん治療薬は、がんの増殖を防いだり、がん細胞そのものを破壊する作用をもった天然の抗がん剤や、がん細胞の表面についている特定の目印(抗原)を攻撃する抗体医薬などが開発されてきました。
私たちは、これらの方法とは違う『核酸医薬』の開発を進めています。DNAの情報をRNAが読み取っていく段階でそれを阻害してがんの関係する遺伝子が働かないようにしたり、がんの湿潤や転移に関連したマイクロRNAを標的にその機能を抑制したり、発現が低下したマイクロRNAを補充することによって、がんを治療しようというものです」
こうした背景もあって、マイクロRNAは注目の的なのだ。

血液中のマイクロRNAを調べることによって、どんながんになっているかがわかるんだって!

左の図のマウスは治療前で、マウスの全身の骨にヒトの前立腺がんが転移している状態(転移したがん細胞が光るように特殊な工夫がされている)
右のマウスは、骨転移した前立腺がんのマイクロRNA (miR-16)をノックダウンした治療群で、骨転移が激減しているのがわかる

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