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第25回 血液中のマイクロRNAによる、がんの早期診断システム開発へ~国立がん研究センター研究所・落谷孝広先生を訪ねて~

がんは日本人の死亡原因のトップ。みんなの親戚や友達の家族の中にもがんで亡くなった方がいるかもしれない。いま血液を少し採取して調べることによって、早期のうちにがんを発見しようという大規模な研究が進んでいる。ここで重要な役割を果たすのが、血液中に含まれるマイクロRNAだ。マイクロRNAとはどんなもので、がんの目印として利用できるのはなぜかなどを、国立がん研究センター研究所の落谷孝広先生にうかがった。

22塩基程度のごく小さいRNA

厚生労働省の調べ(平成25年「人口動態統計」)によると、日本では年間約36万5000人ががんで亡くなっていて、第2位の心疾患の19万7000人より16万8000人も多い。交通事故による死者が約4000人だから、がんで亡くなる人の多さがわかるだろう。しかも、高齢化の進展とともに、がんで亡くなる人は増加している。 
「がんを治療する新しい薬もつくられていますが、がん細胞に対して効果があっても、正常な細胞までを攻撃してしまい、患者さんが副作用に苦しんでいるのが現状です。それに、最初は効果があっても次第にがん細胞が薬に対する耐性を持ってしまうという問題点もあります。現在の治療では、がん患者の延命はできても、がんの根治はむずかしいのです」
と、落谷先生はがん治療の現状を教えてくれた。

がんによって亡くなる患者さんを少しでも減らすためには、がんが発生した初期段階で発見して治療する「早期発見、早期治療」が大切だという。他の部位に転移していない段階であれば、比較的簡単な治療でがん細胞を取り除くことができるからだ。では、どのようにしてがん細胞を発見できるのだろうか。
「からだの中のある細胞ががんになっているかどうかを発見する目印のことを腫瘍マーカーと呼びますが、最近有望なマーカーが発見されました。それが『マイクロRNA』です」

DNAやRNAについては、すでに学習して知っている人も多いだろう。DNAは生命の設計図ともいわれ、私たちの細胞の核の中に存在する遺伝情報が詰まった物質だ。RNAはその遺伝情報を核の外に運び出し、アミノ酸やたんぱく質をつくるための仲介役をする。マイクロRNAは、このRNAの一種なのだ。
「これまでRNAは、DNAの情報をタンパク質に移し替えるための品質管理をしている中間体と考えられていて、それ自身は特別な機能は持っていないと考えられていました。ところが、最近のサイエンスの進展によって、RNAの中にはごく小さい『マイクロRNA』が存在していて、タンパク質をつくる働きはしないけれど、細胞内でいろいろな働きをしていることがわかってきたのです」

DNAやRNAはA-T-G-Cの4つの塩基で構成されているが、マイクロRNAはその塩基の長さが22塩基程度の小さなRNAで、1993年に初めて発見された。その後次々に見つかり、霊長類では2700種類のマイクロRNAがあるとされる。
「このマイクロRNAは私たちの細胞の中で見つかるだけでなく、血液、尿、涙、汗、だ液などの体液に含まれており、がん患者の血液中のマイクロRNAを調べると、健常な人には見つからない特定のマイクロRNAが増えていることがわかってきました」
つまり、血液中のマイクロRNAを調べれば、その人ががんにかかっているかどうかがわかるということになる。しかも、どんな種類のマイクロRNAが健常人よりも多いかによって、がんの種類もわかるというからすごい!

落谷 孝広
落谷 孝広(おちや・たかひろ)独立行政法人国立がん研究センター研究所 分子標的研究グループ分子細胞治療研究分野 分野長

1957年神奈川県生まれ。1988年大阪大学大学院医科学研究科博士課程修了、医学博士、大阪大学細胞工学センター助手。1991年米国ラホヤ癌研究所ポスドク。1992年国立がんセンター研究所主任研究員。1993年同研究所分子腫瘍学部室長。1998年同研究所がん転移研究室室長。2004年早稲田大学生命理工学部客員教授(兼任)。2008年東京工業大学生命理工学客員教授(兼任)。2012年より現職。

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