中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

がんや骨粗しょう症に効く薬の開発をめざして

さて、微生物から生み出された薬としては、先に紹介したペニシリンのような感染症を治療する抗生物質ばかりではなく、近年は免疫抑制剤や抗がん剤なども登場している。
たとえば、茨城県の筑波山の土の中から分離した放線菌からタクロリムスという免疫抑制剤が開発されて、臓器移植の際に起きる拒絶反応を抑制する薬として使用され、20万人もの患者の命を救ったといわれる。

また、生活習慣病の原因の一つであるコレステロールが体内に蓄積するのを抑制するメバスタチンがアオカビから発見され、その誘導体メバロチンは国内だけで年間売上1000億円を突破するヒット薬につながった。

このほか、いま世界的に注目されているのが、がんの免疫抑制を解除する薬をつくろうとする動きだ。
「私たちの身体の中には病原体などに感染した異常な細胞を排除する免疫機構が備わっていますが、免疫機構が強すぎると正常な細胞まで攻撃してしまう。そのため免疫力を抑制する機構もまた備わっているのです。がん細胞はこの免疫を抑制する機構を悪用して免疫の力を弱め、増殖しようとします。現在、がん細胞が免疫抑制機構を悪用できないよう分子量の大きなペプチドを注射していますが、低分子の飲み薬の開発が期待されているというわけです」
ある製薬メーカーでは、こうしたがんの免疫抑制を解除する物質を、シイタケの菌糸体から抽出、薬にするための研究開発を進めている。

ところで長田先生がこれまで発見した微生物が産生する有用な物質は50種類に及ぶ。その中で「わが子のように思える」ほど思い出に残り、こだわりのあるのが「リベロマイシン」だそうだ。
「ある大手の食品会社とがんに効く天然化合物を探して共同研究をしていたころ、群馬の山中で新種の放線菌を見つけ、がん細胞の増殖抑制活性がある物質を産生することを発見したのです。研究を進めましたが効果が見られるがんが少ないことがわかり、薬の開発についてはあきらめざるを得ませんでした。
しかしその後も研究を続け、2006年になって、リベロマイシンに骨を破壊する破骨細胞を自死(アポトーシス)させる作用があり、骨の密度が低下し骨折しやすくなる「骨粗しょう症」に効果があることがわかりました。また、乳がんなどにかかると骨に転移してがんが広がっていきますが、リベロマイシンによって骨への転移を防ぐこともできる、つまりがんへの効果も期待できることも突き止めました。一度はストップしていたリベロマイシンの開発研究でしたが、最近になってようやく動き出してきたところです」

群馬県倉淵村(現・高崎市)の土壌から分離したリベロマイシンを産生する放線菌

群馬県倉淵村(現・高崎市)の土壌から分離したリベロマイシンを産生する放線菌

リベロマイシンの化学構造は複雑なので、化学的にリベロマイシンを合成したいと思う有機化学者の絶好の標的となっている。長田先生の研究室では、生合成遺伝子の研究が進んでおり、2011年にはリベロマイシンの生合成に関係する21個の遺伝子を突き止めたという。また、トマトエキスをこの放線菌の培養液に加えると、リベロマイシンの生産量が増大することを発見した。さらに研究を進めれば、微生物がどのようにして薬の元となる物質をつくり出すのか、そのメカニズムの解明に役立つはずと、長田先生は見ている。

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