中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

微生物からの創薬が見直されている

しかし、1980~90年代になると、微生物から新しい抗生物質が開発される確率は減少し、かわって人工的な化学合成を中心とした薬づくりが主流となっていく。
「遺伝子やタンパク質の構造と機能が明らかになるについて、タンパク質の働きを抑える物質をコンピュータでシミュレーションするなどの方法で化合物の候補を探し出すなど、有機合成による合理的な薬づくりが盛んになっていったのです。また何万種類もの大規模な化合物ライブラリーの中から、目的の薬に適合した活性を持つ化合物を自動化されたロボットなどを使って短期間に選び出す『ハイスループットスクリーニング』と呼ばれる手法も、製薬会社で採用されるようになりました。
これに対して微生物からの創薬プロセスでは、目的の天然化合物を探し出すのに時間がかかるうえ、せっかく有用な物質を探し出しても、構造が複雑で化学合成して薬に仕立てるのが難しいという弱点があります。こうした点が微生物由来の薬づくりが非主流になった理由といえるでしょう」

しかし、最近になって微生物創薬に再びスポットが当たってきたと、長田先生は言う。
「人工合成化合物から薬をつくる場合、その原料になるのは、主として炭素、水素、酸素、窒素です。それらの組み合わせを設計していくわけですが、人間の頭脳では合成のしやすさで判断したり、既存の構造の一部を置換するとか、比較的単純なものしか思いつきません。微生物がすごいのは、人間が想像もしないようなものをつくってくれることです。また微生物が入った培養液は、さまざまな小分子化合物が含まれている混合物で、化学構造の面からも生物活性の面からも多様性に富んでいます。言ってみれば創薬の宝物みたいなもので、合成化合物にはない強みです」

さらに最近は、有機合成化学の進歩や遺伝子のクローニング技術の進歩などで、微生物がつくり出す生理活性物質を大量に生産することも可能になったという。
「近年、放線菌や糸状菌などのゲノムを解析した結果、これまで同定されてきたものよりもはるかに多くの生理活性物質をつくり出す遺伝子がゲノム上に存在することがわかってきました。この結果を踏まえて、これらの菌類から生み出される生理活性物質を再評価する動きも活発化しています」

合成化合物のハイスループットスクリーニングによる創薬も、必ずしも良い面ばかりではなくコストがかなり高くつくことなどもあって、微生物を利用した薬づくりに再びスポットが当てられるようになったという。

ただ、天然化合物と合成化合物のどちらが適しているかの優劣を競うのは意味がない、それぞれの特徴を活かした創薬が大切だと長田先生は言う。
「理化学研究所では、さまざまな生物活性を持つ数万の天然化合物をライブラリー化しています。ここには微生物の培養液だけでなく、植物などの天然資源、さらには人工合成物など、約4万種類もの化合物が収蔵されていて、化合物名、構造式、起源、物性、生理活性などの詳細なデータが登録・管理され、代表的な化合物に関してはその情報が公開され、多くの研究者が利用できるようになっています」

長田研究室で開発した天然化合物のスクリーニングを効率化するための化合物アレイ

長田研究室で開発した天然化合物のスクリーニングを効率化するための化合物アレイ

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