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第29回 自然界の微生物のチカラを生かした薬づくりの今~理化学研究所 環境資源科学研究センター 長田裕之先生を訪ねて~

2015年度のノーベル生理学・医学賞を大村智・北里大学特別栄誉教授が受賞し、テレビや新聞で大々的に報じられたのは記憶に新しいところだ。大村博士は土中にすんでいる微生物から有用な抗生物質を発見して多くの人を寄生虫から救ったことから、最近あらためて微生物の研究と創薬について関心が高まっている。人工的に合成された化合物による創薬が主流となった今でも、「微生物の探索による薬づくりはさまざまな可能性に満ちている」と力説する理化学研究所環境資源科学研究センターの長田裕之先生を訪ねた。

微生物からの創薬は、スター発掘に似ている!

この地球上でもっとも数が多い生き物は「微生物」で、その総重量は地球上に生きる動・植物の総重量よりも多いとさえ言われている。微生物とは、肉眼では見えないほど小さな生き物のことで、放線菌などの細菌類、カビなどの菌類、ウイルス、微細藻類、ラン藻、地衣類、さらにアメーバなどの原生動物が含まれる。こうした微生物が、私たちの身の回りや土の中にそれこそ数え切れないほど生存しているのだ。

微生物の中には、人間に対して悪さをするものもいる。病原微生物がそれで、水虫はカビの仲間の白癬菌(はくせんきん)が皮膚に寄生して起きるし、コレラや赤痢などは細菌の仕業だ。エイズやA型肝炎などはウイルスが関係してくる。しかし、悪さをするだけでなく、微生物は人類に多大な貢献をしてくれる。味噌や醤油などの発酵食品づくりにはカビなどの菌類が必要だ。そして貢献の最たるものが薬づくりである。

2015年度のノーベル生理学・医学賞を受賞した大村智博士は、微生物がつくり出す有用な化合物を次々に発見し、中でも土の中にすんでいる微生物の放線菌から寄生虫駆除に役立つ「イベルメクチン」の元となる物質を発見し、これまでに熱帯地域に住む10億人もの人を寄生虫による失明から救ったといわれる。

微生物を利用した薬づくりはどんなステップで進むのだろう。
「微生物から薬となる有用な物質を探し出す第一歩は、まず、土の採取からスタートします」と、大村博士とも親交のある長田裕之先生は話し出した。
「微生物は眼には見えないので、どんな土を採取したらいいのかはわからないのですが、経験的に言うと、どこの土でもいいというわけではなく、人間が歩き回ったような場所はダメで、道路から数十メートルくらい離れた場所の土がいいんです。表面の土をのけて、地上から10-20 cmほどの深さの土をほんの指の先くらい採取します。黒くて土の匂い(実は放線菌が作る化合物の匂い)がするようなところ、温度や湿度、周りの植物の環境が良い、たとえば腐葉土の中などは1 gの土に数百万種・何億もの微生物が生きています」

こうして採取した土を水に混ぜ、上澄み液をシャーレで培養する。しばらく経つと、シャーレの中にいろいろなタイプのカビや細菌などが生えてくる。その中から「これは」と思う菌を選び、種類別にさらに培養して増やし、菌の性質などを調べていく。

多くの菌の中からどんな菌を選び出すか、それには専門の研究者ならではの嗅覚があるのだという。
「私たちが選び出したいのは新種の微生物なんです。もちろん微生物は小さくて目には見えませんが、シャーレに出てきたコロニーの形や色から見て、熟練者なら、これは面白そうな微生物だと判断できる。私は、微生物選びは恋人を見つけるのと似ていると言っています。いくら大勢の異性がいたとしても、ビビっとくる相手でないと付き合いたくない(笑)」

微生物から薬ができるまで
採取した土から培養された菌などの微生物を種類別に分離

採取した土から培養された菌などの微生物を種類別に分離

土を採取してさまざまな菌を別々に保存してさらに培養するまでに1カ月半ぐらい。薬になるまでには気の遠くなるようなプロセスが必要なんだって

こうして選び出した微生物が薬として世に出るまでには、さまざまな難関をクリアしなければならない。候補となる物質から動物実験や臨床試験を経て薬になるまでの成功率は、3万分の1とも5万分の1ともいわれる。

「私はよく学生たちに『有用な物質をつくり出す微生物を探し、育てるのはスターを誕生させるのに似ている』と話しています。まず、何千何万人もの若者が行き交う渋谷などの繁華街で、スターになりそうな原石を100人ほどスカウトします。その中から、さらにこれはと思ったスター候補生を絞り込み、歌やダンスのレッスンをさせるわけですが、実際に歌わせてみると下手だったり、いつまで経っても踊りがうまくならなかったり、可愛くてもプラスαの魅力がない、などということはザラ。さんざん苦労して育てても、売り出してくれるレコード会社がつかないとダメです。デビュー寸前で、悪事が発覚してこれまでの苦労が水の泡になったりすることだってあるでしょう。
微生物からの創薬にしても、何万種類もの微生物の中から選び出していきますが、すべてが薬となってデビューし、患者さんの役に立つわけではありません。莫大な費用をまかなうスポンサーがつかなければなりませんし、臨床試験の最終段階で副作用が強いことがわかり、薬にならないこともあるんです」
と長田先生はユーモアたっぷりに、微生物からの薬づくりの難しさについて教えてくれた。

長田 裕之
長田 裕之(おさだ・ひろゆき) 国立研究開発法人 理化学研究所 環境資源科学研究センター・副センター長/ケミカルバイオロジー研究グループ・グループディレクター

1978年東京大学農学部農芸化学科卒業。83年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。
同年理化学研究所抗生物質研究室入所。92年同抗生物質研究室主任研究員。2008年 同 基幹研究所 ケミカルバイオロジー研究領域長。2013年から環境資源科学研究センター副センター長。専門は微生物の生物活性物質の探索・研究。これまでに土中の微生物から発見した有用な物質は約50種類。

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