中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

発生と同じしくみを再現しよう

「私は、以前、民間企業で、白血病治療のための造血幹細胞研究に取り組んでいました。その後、東京理科大でポストを得たとき、これからは三次元の器官再生、臓器再生の時代が来ると考え、本格的に器官再生医療の研究を始めました。最初は、肝臓や腎臓など大型の臓器再生を考えたのですが、これらの臓器は毛細血管が豊富にあり、その再生を含めた三次元構造を構築しなければなりません。器官は、細胞をひとつの部屋だとすると、大型の臓器は何十万階建ての超高層建築で、電気や水道、インターネット回線などのインフラが縦横に通っているきわめて複雑な構造体です。二次元の細胞培養、すなわち組織構築まではうまくいっても、立体的な組織や器官となると、とたんにうまくいかなくなるのです。しかも生命に関わる臓器の場合、研究の途中で失敗するとモデル動物が死んでしまい、研究の検証ができなくなってしまいます」

そこで腎臓や肝臓などからだの奥にある器官ではなく、体表面に近い外胚葉性の器官である歯や毛髪などの再生に研究のターゲットを絞ることにした。
「歯や毛は研究が失敗してもモデル動物が死ぬことはありませんので、研究の検証ができます。また歯の場合、発生生物学の研究も進んでおり、基礎理論的なことが確立しています。さらに臨床応用への展開も考えやすいというメリットがありました」

ターゲットは決まった。ではどのように進めるか? 発生と同じしくみを人為的に再現するのが近道のはずだ。
「実は私たちのほとんどすべての臓器(器官)は、上皮性幹細胞と間葉性幹細胞という2種類の細胞からできています。胎児の発生段階において、この2種類の幹細胞がからだのどの位置にあるかによって、ここは歯ができる場所、こっちは腎臓ができる場所、とボディプランが決められ、それぞれの器官が発生します。そこで私たちは、すでに歯になることが運命づけられている細胞を取り出し、シャーレの中で培養することにしました」

ほとんどすべての器官は上皮性幹細胞と間葉性幹細胞から誘導された「器官原基」から発生する

ほとんどすべての器官は上皮性幹細胞と間葉性幹細胞から誘導された「器官原基」から発生する

最大の問題は、採取した2種類の幹細胞をどのように培養したら臓器ができるのか、だった。すでにいくつもの先行研究から、臓器を再生するには上皮性幹細胞と間葉性幹細胞を一緒に培養することが必要だということを多くの研究者たちは知っていた。しかし当時、効果的な培養方法は見いだされていなかった。2種類を無秩序に混合したり、細胞密度が足りなかったりしたため失敗してきたのだという。

「私たちは上皮細胞層と間葉細胞層という二層構造を再現することが重要だと考えました。そこで、コラーゲンのゲルの中で、上皮性幹細胞を上に間葉性幹細胞を下に区分けし、なおかつ高密度な状態で培養する方法を開発しました。この方法により細胞間の相互作用を精密に制御することが可能となり、立体的な器官をうみ出すタネをつくり出すことに世界に先駆けて成功したのです。2007 年のことです。この『器官原基法』を編み出したことが、私たちの研究の大きなブレークスルーになりましたね」

辻先生たちが開発した器官原基法でつくり出した歯のタネ(再生歯胚)

辻先生たちが開発した器官原基法でつくり出した歯のタネ(再生歯胚)

上皮性幹細胞を上に間葉性幹細胞を下に区分けした二層構造を再現し、高密度な状態で培養したことがポイントなんだって♪
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