中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

世界で初めて、ヒトiPS細胞から立体的な腎臓組織を作製

西中村先生が腎臓再生の研究に着手したのは今から20年前のことだ。

「私はもともと腎臓病を専門とする臨床医でした。腎不全になると腎移植しか根本的な治療法がありませんが、ドナーが少ないうえ、免疫反応を抑えなければなりません。人工透析は食事制限や定期的な通院が必要など患者さんにとって負担の大きい治療で、しかも腎臓のろ過機能の代替にしかすぎないので、やがては深刻な合併症を引き起こしてしまいます。患者さんを救うためにも、移植可能な腎臓をつくる研究に取り組もうと考えたのです」

しかし、当時は受精卵から腎臓がどのようにできていくのか発生の機序もほとんどわかっておらず、臓器の中でも複雑な構造をもつ腎臓の作製など夢物語だと言われていた。
「小指の先ほどのサイズでいいから、試験管内で腎臓がつくれたら、お前の勝ちだと言ってやる」と鼻で笑う研究者もいたという。

腎臓には、毛細血管が丸い糸玉のように詰まった「糸球体」があり、老廃物を含む水分を漉し取っている。糸球体それぞれは「尿細管」とつながり、ここで栄養分が水分とともに血管に再吸収され、残りの老廃物が尿として膀胱へ送られる。この腎臓の機能の最小単位を「ネフロン」といい、腎臓に約100万個ある。

「カエルでは原始的な腎臓を試験管内でつくり出すことに東京大学の浅島誠先生が成功していたので、浅島先生と共同研究をスタートさせました。カエルの腎臓発生で働く遺伝子をリストアップし、マウスの腎臓発生でも重要かどうかを、ノックアウトマウスをつくり解析していくのです。胎生期のマウスの腎臓の位置すらわからない状態から始めたので苦労しましたが、ようやく2001年にSall1という遺伝子を見つけることができました」

Sall1欠損マウスでは腎臓が形成されない

その後、他の重要な遺伝子も次々に見つかり、腎臓の発生メカニズムが少しずつ明らかになっていった。2006年には受精後10日ほどのマウスの胎仔にSall1を発現する細胞群が存在しており、そこに糸球体や尿細管からなる腎臓の最小機能単位である「ネフロン」をつくり出す元となる前駆細胞があることを突き止めた。

「当初は、糸球体、尿細管などがバラバラに形成されると考えていたのですが、腎臓の発生は思ったよりもシンプルで、一種類のネフロン前駆細胞から分化することがわかりました。そこで次はネフロン前駆細胞をつくり出す元となる細胞を特定し、それにどんな因子を加えればネフロン前駆細胞になるのかの解明に力を注ぐことにしたのです。
ここで私たちが採用したのが、発生のプロセスを一つひとつさかのぼる手法です。仮に5つのステップがあるとすると、5番目を誘導するために4番目と思われる細胞を集めてきて、どんな条件を設定すると5番目になるのかを決め、4番目が決まったら、一つ前の3番目から4番目を導く条件を探し出す。このやり方なら、複雑な組織であっても、理論的には確実に発生のステップを理解できるはずです」

しかし、ネフロン前駆細胞の前段階を定める研究は一筋縄ではいかなかった。ネフロン前駆細胞ができるのは受精から10日目で、ここで発現しているOsr1という遺伝子が8日目の「中間中胚葉」の細胞群でも発現しているという報告があったことから、中間中胚葉こそネフロン前駆細胞の起源だと誰しもが信じていた。そこで、Osr1が発現すると緑色に光るマウスを作製し、中間中胚葉の細胞からさまざまな誘導条件を探ったのだが、9日目まではさかのぼれても、8日目にはさかのぼれなかった。

「この実験を担当していたのは、2009年に博士課程の大学院生としてラボに加わった太口敦博さん(現助教)でした。もはや不可能だと思われたとき、Osr1が発現していない、これまで捨てていた細胞で試したところうまくいくというのです。ここは、初期の胎仔の尾部に存在し、体の下半身を形づくる元となる細胞です。中間中胚葉ではなく、この領域がネフロン前駆細胞の起源ではないか──。それを確かめるためには、ここをラベルした遺伝子改変マウスをつくって検証しなければなりません。新しくマウスをつくるとなると、あと1年半か2年はかかると覚悟しましたが、ラッキーなことに、同じ発生研の佐々木教授が実験に必要な遺伝子改変マウスを持っていることがわかり、私たちの仮説を実証できました」

ネフロン前駆細胞の起源は、定説となっていた「中間中胚葉」ではなく、下半身の元になる領域だった!

捨てていたところも試してみたことで、大きな発見につながったんだって!

その後太口さんはさらに誘導条件を探し出し、2013年にマウスES細胞及びヒトiPS細胞由来のネフロン前駆細胞から、試験管内で糸球体と尿細管ができることを発表した。世界で初めての発見だった。

左上:マウスES細胞から作製した腎臓組織
右上:ヒトiPS細胞から作製した腎臓組織
左下:マウスES細胞から作製した糸球体
右下:ヒトiPS細胞から作製した糸球体

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