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第32回 熊本地震を乗り越え、機能する腎臓組織づくりに挑む~熊本大学 発生医学研究所 腎臓発生分野・西中村隆一教授を訪ねて~

腎臓は尿をつくり出して塩分や老廃物を体外に捨てると同時に、体内の水分の恒常性維持や血圧の調整などを行うきわめて重要な器官だ。腎臓の機能が衰えると、腎移植か、患者にとって負担の大きい人工透析によって腎機能を代替するしか方法がない。そこで再生医療に大きな期待が寄せられているわけだが、構造の複雑さから再生医療の中で臨床応用がもっとも困難とされている。
熊本大学発生医学研究所の西中村隆一教授らのグループは、2013年に世界で初めて試験管内で3次元の腎臓構造の作製に成功、さらに2015年には尿産生に向けた大きな一歩となる研究成果を打ち立てるなど、腎臓再生分野で世界の研究をリードしている。熊本地震の被害を乗り越え、腎臓づくりの次のステージへと挑み続ける西中村先生を訪ねた。

あと5時間で論文が発表されるそのときに

2016年4月14日夜、熊本市を最大震度7の地震が襲った。4月16日未明には、さらに規模の大きな本震に見舞われる。震源地に近い熊本大学でも、建物や研究設備などが甚大な被害を受けたという。
同大学の発生医学研究所は、臓器再建の研究や発生医学の基礎研究で独創的な研究を国内外に発信している研究所だ。なかでも西中村先生が率いる腎臓再生分野では、2013年にマウスES細胞及びヒトiPS細胞から立体的な腎臓組織を試験管内で作製、2015年にはヒトiPS細胞から誘導した腎臓組織をマウス体内に移植することによって、血液から尿を漉す役割を果たす糸球体にマウスの血管が取り込まれるという研究成果を発表。そして、地震翌日の4月15日には、「腎臓の元となる細胞の大量培養に成功」という論文が「Cell Reports」誌に掲載されるなど、尿をつくり出す機能を備えた腎臓作製に向けた課題を次々とクリアしていた。

こうした研究が地震で大きな影響を受けてしまう懸念はないのか、今後の腎臓再生に向けたステップを知りたいと、西中村先生にインタビューを申し込んだところ、「若い人に腎臓再生の大切さを伝えられるなら」と、復旧作業でお忙しいなか取材を快諾いただいた。

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取材に訪れたのは7月末のこと。熊本大学医学部のキャンパスに入ると、建物のあちらこちらの外壁がはがれ落ち、立ち入り禁止を示すコーンとロープが張りめぐらされていた。発生研の建物の中には、漏水注意の呼びかけや、エレベーター一基の使用中止を伝える貼り紙。地震被害の大きさの一端がうかがわれた。

「14日の夜の地震は、『あと5時間で論文が掲載されるね』と、論文を書いた谷川さんと話していたときに起きたんです。慌てて机の下にもぐり込みました。それでもこの前震はまだ何とかなったのですが、28時間後の本震は想像を絶する大きさでした。東日本大震災があったので高い棚は固定してあったのですが、低い机の上の高価な機材が床に滑り落ちてしまいました。 質量分析器や次世代シークエンサーなど数千万円もの機器が落下・転倒していくつも壊れましたし、培養途中のiPS細胞がダメになったのも痛かったですね」と西中村先生は地震当時を振り返って話してくれた。

建物が倒壊する可能性は低いと判定されたものの、壁に亀裂が入り、6~9階の高層階では給水管やガス管が損傷。研究棟のあちこちで漏水が発生するなど、当初はどこから手をつけていいのか・・・、という状況だったという。
「若い研究者やスタッフの懸命の努力や、国内外の研究者からの支援の申し出もあり、ようやく復旧に向けたメドが立ってきたところです」
培養途中のiPS細胞は全滅だったが、冷凍していたiPS細胞は無事だったこともあり、研究も再開。遅れを取り戻そう!とラボメンバーの士気は高いそうだ。

千葉 親文
西中村隆一(にしなかむら・りゅういち)熊本大学 発生医学研究所 器官構築部門 腎臓発生分野教授

1987年東京大学医学部卒業後、4年間腎臓内科医として勤務。1993年米国DNAX研究所客員研究員。1996年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了後、東京大学医科学研究所幹細胞シグナル分子制御研究分野助手。2000年同客員助教授。2004年熊本大学発生医学研究センター細胞識別分野教授。2009年より現職。2016年より熊本大学発生医学研究所所長を兼務。遺伝子改変マウスとES/iPS細胞を使って、腎臓を中心とした臓器発生を研究している。

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