遺伝子の機能を調べるために使うのが、特定の遺伝子をノックアウトした(または特定の遺伝子だけを増やしたリ、変異を入れた遺伝子で置き換えた)遺伝子改変マウスである。このマウスの行動が、野生型のマウスと異なっているとすれば、改変した遺伝子が原因と考えられる。
単一のテストだけでは限られた情報しか得られないため、宮川先生が構築したのが、「活動量」「学習・記憶」「知覚運動機能」「社会的行動」「不安様行動」など約20種類の行動テスト組み合わせて解析する「網羅的行動テストバッテリー」だ。遺伝子改変マウス約20匹、野生型約20匹を対象に実施し、それぞれのテストについて野生型との違いを調べていくわけである。
■宮川研究室で実施する「網羅的行動テストバッテリー」
テスト | 測定項目 |
---|---|
健康状態・脳神経学的スクリーニング | 体重・直腸温測定・髭や毛の状態・各種反射 |
ワイアーハングテスト | 筋力 |
グリップ力テスト | 筋力 |
24時間ホームケージモニタリング (+食事・水あり) | 24時間の活動性・サーカディアンリズム |
オープンフィールドテスト | 活動量・不安様行動・薬物感受性 |
ホットプレートテスト | 痛覚感受性 |
プレパルス抑制テスト | 感覚-運動ゲーティング・聴覚・驚愕反応 |
ローターロッドテスト | 協調運動・運動学習 |
ビームテスト | 協調運動・運動学習 |
8方向放射状迷路 | 作業記憶・参照記憶・固執傾向など |
モリス水迷路 | 参照記憶・固執傾向・作業記憶など |
バーンズ円形迷路 | 参照記憶・固執傾向・作業記憶など |
視覚的認知記憶テスト | 参照記憶 |
恐怖条件付け文脈学習試験 | 文脈記憶など |
明暗箱往来テスト | 不安様行動 |
高架式十字迷路テスト | 不安様行動 |
潜在抑制テスト | 潜在抑制 (統合失調症関連) |
ポーソルト強制水泳テスト | うつモデル |
テールサスペンションテスト | うつモデル |
24時間ホームケージモニタリング(SI) | ホームケージ内での社会的行動 |
ソーシャル・インタラクションテスト(新奇環境下) | 社会的行動 |
「CHD8は、ヒト自閉症患者で最も変異率の高い遺伝子なのですが、ヒトで発見された変異の多くは、正常では2つあるCHD8遺伝子の1つが欠損するタイプなので、CHD8半欠損マウスを使い行動を比較したわけです。ホームケージ内での社会的行動を測定したところ、CHD8半欠損マウスは、違うマウスとの接触時間は増加するものの、相手の匂いを嗅いだり追いかけたりといった社会的行動が減少しました。また、高いところに設置された十字路にネズミを置いて、壁のある通路と壁のない通路のどちらに行くかを調べる『高架式十字迷路テスト』では、壁のない通路に進入する回数も滞在時間も野生型に比べて少なく、不安傾向が強いことがわかりました。このほか、ものごとへの固執度合いを評価する『T字型迷路テスト』においても、一度覚えたことにこだわり、新しいことを受け入れられない様子が見られ、ヒトの自閉症の特徴とよく似ていることが示唆されたのです」
■高架式十字迷路テスト

▲ 高いところに設置した十字路のどちらにどれくらい進入するか、回数や時間を評価する。CHD8欠損マウスでは、壁のない通路への進入回数と滞在時間のいずれも減少しており、不安様行動が増加していた
■社会的行動テスト

▲ マウスの社会的行動を評価するテスト。
ケージの中に2匹のマウスを入れ、お互いの接触時間や接触回数を測定する。
こうした一連の行動テストは、マウスの行動特性などを考慮して順番を決め、順次実施していく。すべての行動テストを終えるまで約3カ月~半年かかるという。これほどの規模の実験施設を備え、データ管理を行える施設は日本では他になく、宮川先生は国内外の100を超える研究施設と共同研究を行い、これまで約200系統のマウスの行動解析を行ってきた。
「次の図は、私たちがこれまで解析してきたマウスの行動を示したものです。タテの各列がそれぞれの遺伝子改変マウスで、ヨコが行動解析テストでの社会的行動や作業記憶などのカテゴリーを示したもの。ある行動について野生型に比べて増加していれば赤、減少していれば緑、それぞれの色の濃さは統計的な有意差を示しています。これまで解析したマウスのほとんどに色がついているのがわかりますね。つまり、脳で発現している遺伝子を改変したマウスの心理的・行動的特性を調べると、どこかに異常が見られるということなのです」
ちなみに、200系統ものマウスで網羅的に行動解析を行ったラボは、世界広しといえども宮川ラボだけという。
■遺伝子改変マウスの行動の変化
