中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

“キレる”マウスとの出会い

さて、こうした網羅的行動解析を行う過程で、宮川先生は、遺伝子と行動やこころの関係が、想定していた以上に複雑だということに気づく。

「当初は、ある遺伝子Aが不安に関係するとして、同じように不安に影響を与える遺伝子がA-1、A-2、A-3、などと数個あって、別の遺伝子Bは記憶に、遺伝子Cは社会的行動に・・というふうに比較的シンプルなモデルを考えていました。ところが、多数のマウスに網羅的行動テストバッテリーを実施したところ、遺伝子Aは不安にも、記憶にも社会的行動にも影響を与えているのです。一方で、不安に着目すると、遺伝子AやA-1、A-2、A-3だけではなく、遺伝子BもCもXもYも・・・と、何十個、何百個もの遺伝子が不安に影響を与えている。遺伝子と行動の関係は実に複雑な様相を呈しているように見えます」

■当初イメージしていたシンプルなモデル
■実際には・・・

遺伝要因は、複数の行動特性に影響する

一つの行動特性に注目すると、多くの遺伝子が影響を与えている

しかし、絶望的に複雑に見えても、研究を進めていけば、遺伝子とこころや行動の関係をもっとシンプルに理解することができるのではないか? 何か共通原理のようなものが見出せるのではないか?──そう考えた宮川先生に大きな示唆を与えてくれたのが、「カムケーツー欠損マウス(αCaMKⅡヘテロ欠損マウス)」だった。

「このマウスは、同じケージで飼育すると生後1年以内に兄弟を殺してしまう、いわゆる“キレる”マウスとして知られていました。このマウスの行動を網羅的に調べたところ、活動量の亢進と気分の波があること、外部から得た情報を一時的に記憶しておく『作業記憶』の低下など、さまざまな行動異常を示していました」

例えばホームケージ内での活動量を24時間、赤外線カメラで記録したライフログを比較すると、野生型マウスであれば昼は寝て夜に活動する規則正しい生活パターンを示すが、カムケーツー欠損マウスは、活動量が極めて高い時期があると同時に、その高低の活動周期が不規則で、ヒトの躁鬱病のように気分に波があることが観察されたという。

■ホームケージ内の活動量

縦軸がホームケージ内での活動量(距離)で、横が時間軸。一つのグラフが1個体。野生型は規則正しく活動しているが、カムケーツー欠損マウスは活動量のピークが高く、活動に波がある

野生型とカムケーツー欠損マウスの活動はこんなに違うんだ!

また作業記憶を調べる「8方向放射状迷路テスト」では、野生マウスなら訓練を重ねるうちに一度エサを食べてしまった通路に入らなくなるのに対し、このマウスは何回やっても、同じように間違った道に進んでしまうという作業記憶の顕著な障害が見られた。こればかりではなく、不安様行動の異常、巣作りの障害など、カムケーツー欠損マウスは、αCaMKⅡという遺伝子の片方を欠損しただけで、さまざまな心理学的な異常が起きていることが明らかになった。

■8方向放射状迷路テスト

8方向の通路の先端にエサ、中央に空腹のマウスを置く。一度行った箇所にもう一度行ってもエサがないため、どこに行ったかを覚えておく必要がある。カムケーツー欠損マウスは、何度も同じ場所にエサを探しに行った

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