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第33回 マウスの網羅的行動解析を通じて、「こころの病」の謎に迫る~藤田保健衛生大学・総合医科学研究所 宮川剛教授を訪ねて~

遺伝子は私たちの行動やこころ、個性にどのような影響を及ぼしているのだろう? 宮川剛教授は、遺伝子改変マウスの行動テストを通じて、特定の遺伝子が記憶や学習、知覚、運動、情動をはじめ社会的行動にどのような影響を与えているかを解析し、統合失調症やうつ病、自閉症などの発症メカニズムを探求している。はたして、マウスでどこまで人のこころの謎に迫れるのだろうか?

自閉症に似た行動異常を示すマウス

2016年9月、近年の自閉症の基礎研究の中でもエポックメイキングになるであろう論文が、英国の科学雑誌『Nature』オンライン版に掲載された。自閉症の有力な原因遺伝子のひとつと示唆されていたCHD8を欠損させたモデルマウスを作り、マウスの行動解析を行ったところ、自閉症様の行動異常が認められたのだ。さらに脳の中でこの遺伝子がどのように働くのか、その分子メカニズムを調べたところ、CHD8が減少すると、神経発達の調整に抑制的に関与するタンパク質RESTが異常に活性化し、神経発達に遅れが生じるということが明らかになった。
この研究は、CHD8をノックアウトしたモデルマウスを作った九州大学・中山敬一教授、2009年に世界に先駆けて自閉症マウスを構築し、社会性にかかわる神経回路の同定の研究を進めている理化学研究所脳科学総合研究センター・内匠透チームリーダー、そして藤田保健衛生大学・宮川剛教授らの共同研究で、このなかでマウスの網羅的行動解析を担当したのが宮川先生だ。

マウスでも自閉症に似た行動異常が見られたというのはどういうことだろう?本当にマウスがヒトの自閉症のモデルになるんだろうか? そんな素朴な疑問から、宮川研究室を訪ねた。

開口一番、宮川先生はマウスで脳のメカニズムを調べる意義をこう話してくれた。
「マウスは2万数千の遺伝子を持っていますが、そのほとんどすべてで、ヒトでも同じ名前の対応する遺伝子があるのです。塩基配列はかなり違うのですが、遺伝子全体ではマウスとヒトはよく似ています。とくに重要なのは、脳の機能、不安や恐怖、学習、記憶などの基本的な分子メカニズムがおそらくかなり共通しているだろうということです。マウスの海馬を調べることによって、記憶のメカニズムがかなり明らかになってきたことはご存知でしょう。遺伝子が脳でどのように働いて、私たちの行動にどんな影響を与えるのかをヒトではそう簡単に調べられませんから、マウスを対象に研究をするわけです」

千葉 親文
宮川 剛(みやかわ・つよし)藤田保健衛生大学・総合医科学研究所 システム医科学研究部門 教授

1970年生まれ。1997年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。理化学研究所 研究員。98年米国国立精神衛生研究所(NIMH)研究員。99年米国バンダービルド大学分子神経科学研究センター 薬理学助教授。2001年米国マサチューセッツ工科大学 ピコワー学習・記憶センター 主任研究員。2003年京都大学医学研究科 先端領域融合医学研究機構 助教授 を経て2007年より現職。遺伝子改変マウスの表現型解析を通じて、遺伝子・脳・行動の関係や精神疾患の発症メカニズムの研究を行う。

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