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第34回 医療・創薬から食料・エネルギー生産まで、ゲノム編集が世界を変える!?~大阪大学大学院医学系研究科 実験動物学教室 真下知士准教授を訪ねて~

今、生命科学分野で最もホットな話題のひとつが「ゲノム編集」だ。ひとことでいうと、生物の設計図であるゲノムを任意の位置で切断し、ねらった遺伝子を人工的に操作してその性質を変えてしまう技術のこと。とくに「CRISPR(クリスパー)」という画期的な手法が開発され、テキストを自在に編集するように、より簡便に正確にゲノム編集が行えるようになり、生命科学研究をはじめ、医療、創薬、食料生産などさまざまな領域での応用が期待されている。早くからゲノム編集に着目し、ラットなどのゲノム編集に取り組んでいる真下知士先生に、ゲノム編集とは何かや、これからの可能性についてうかがった。

生物の設計図を書き換える「ゲノム編集」

近年、ゲノム編集をめぐるニュースが次々に飛び込んできて、「ゲノム編集」という言葉を耳にしたことがある人も多いだろう。例えば、京都大学と近畿大学のチームが、高級魚として知られるマダイをゲノム編集技術で1.5倍の重さにすることに成功したとか、東京慈恵医大のグループがB型肝炎ウイルスを無害化した、2016年10月末には、中国の研究チームが肺がん患者の血液から細胞を取り出し、免疫反応をつかさどる遺伝子をゲノム編集で改変し、がん細胞を攻撃する性質をもたせて患者の血液に戻す臨床研究を実施したというニュースなどはほんの一例だ。

いったいゲノム編集とはどんな技術なんだろう?
「私たちの身体を作っている30兆個ともいわれる細胞の核には、遺伝情報を持ったDNAが格納されています。DNAは、A(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(,シトシン)の4つの塩基によって構成され、二重らせん構造をしています。この4つの塩基の配列によって、さまざまな種類のタンパク質がつくり出されます。つまりDNAは、生命の設計図というわけですね。生物が持っているこうした遺伝情報のすべてをゲノムと呼びますが、ゲノム編集とは、このDNAを特定の位置で切断して、ねらった遺伝子の働きをノックアウトしたり、あるいは異なるDNA配列を組み込んだりすることによって、生命の設計図を書き換える技術といえるでしょう」
と、真下先生はゲノム編集の基本についてこんなふうに教えてくれた。

人の手でゲノムを変えることができると、いったいどんなことが可能になるのだろう。その一つが医療分野への応用だ。例えばエイズは、ヒトエイズウイルス(HIV)が免疫細胞などに侵入して増殖し、免疫細胞のDNA配列を書き換えて免疫機構を破壊することで、普通の人なら免疫が働いて治ってしまうような感染症にかかりやすくなる病気だが、治療にあたっては抗ウイルス剤でHIVの増殖を抑えることしかなく、根治はできなかった。しかし、もしゲノム編集によってHIVが書き換えたDNA配列を削除・修復ことができれば、抗ウイルス剤を飲み続ける必要はなくなる。

「エイズばかりではなく、遺伝子の変異によって起きる病気は、がんをはじめ数多くあり、これまで根本的な治療法がないとされてきた疾病の治療を根底から変える可能性を持っています。治療のほかにDNAを組み換えて病気のモデルとなる実験動物をつくり出し、病気のメカニズムを探ったり、その病気に効く薬づくりにも役立てられるでしょう」

また、ゲノム編集によってマラリア原虫に対する耐性遺伝子を持つ蚊をアフリカなどマラリアが蔓延する地域に放ち、しかも繁殖に必要な遺伝子を欠損させ次の世代をつくれないようにすれば、マラリアが撲滅できる可能性もある。

先にマダイのニュースを紹介したが、ほかにも通常の2倍くらいの筋肉を持つ肉牛を育てる、早期に開花する果樹を開発する、優良な苗を選んで品種改良に結びつける育種など、ゲノム編集技術で食料を増産したり、気候変動に強い品種をスピーディーに開発したりすることができれば、飢餓で苦しんでいる開発途上国の人々を救済できる可能性もある。将来的なエネルギー危機が懸念されているが、ゲノム編集によって、油をつくる藻の生産効率を上げバイオエネルギーとしようという研究も進んでいる。

ゲノム編集が研究者だけでなく多くの人から関心を寄せられているのは、こうした背景があるからだ。

真下 知士
真下 知士(ましも・ともじ)大阪大学大学院医学系研究科 実験動物学教室 准教授

1990年兵庫県私立灘高等学校卒業。94年京都大学農学部畜産学専攻卒業。97年京都大学大学院人間・環境学研究科文化・地域環境学専攻修士課程修了。2000年同博士課程修了。学位取得。2000年~02年フランス・パスツール研究所免疫学講座でポスドク研究員。帰国後、京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設産学連携研究員、COE助教授を経て、07年特定准教授。15年より現職。16年12月より、大阪大学大学院医学系研究科附属共同研ゲノム編集センター副センター長も兼任。日本ゲノム編集学会副会長。

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