中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

簡便で正確なゲノム編集技術「CRISPR」の登場

ゲノム編集がここにきて大きな注目を集めるようになったのは「CRISPR」という画期的なゲノム編集技術の誕生によるところが大きい。

「ゲノム編集が誕生する前は、DNAを切断するために、自然界に存在している制限酵素(タンパク質)を使っていました。これまで制限酵素がたくさん開発されてきましたが、それでも、ある特定の塩基配列しか切断できないという欠点がありました。
その後、自然界から探し出してくるのではなく、人工的に設計されたDNAを切断するジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)や、ターレン(TALEN)という人工制限酵素が開発されました。これがゲノム編集の始まりになります。自然界の制限酵素を使うのに比べて正確にDNAを切断でき、線虫のような下等動物だけでなく、ゼブラフィッシュ、ラットなどの動物の受精卵にも利用できることも分かってきました。動物の細胞にも利用できるのなら医療分野にも応用できるだろうという期待も大きく、実際、アメリカではエイズ患者の臨床試験に使われたのです」

しかし、ZFNもTALENもいくつかの問題があったという。その一つが、タンパク質であるということだった。タンパク質は作成するのが大変難しい。そのうえねらったDNA配列ごとに新しいタンパク質を作成しなければならならず、それは実に手間と費用がかかる話だったのだ。

「そうしたところ、2012年にカリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ博士と、当時ジェニファーの研究室に留学していたエマニュエル・シャルパンティエ博士が、CRISPR -Cas9(CasはCRISPR関連の意味)という酵素を使ってゲノムを迅速に、しかも簡単に編集できる技術を開発したと科学誌『Science』に発表したのです。このニュースは世界の微生物学者、医者、遺伝子工学研究者などに大きな衝撃を与えました。なによりも、これまでかなり高いレベルの研究者でもなかなか作れなかったDNAの切断ツールが、ちょっと大げさな言い方をすれば高校生でも作れるほど簡単になったからです」

世界中の生命科学者が驚いた画期的な「CRISPR-Cas9」によるゲノム編集技術の開発によって、ダウドナとシャルパンティエの二人の女性科学者は、ノーベル医学生理学賞の有力候補といわれている。

では、そのCRISPRによるゲノム編集技術とはどんなものなのか? 最初の発見者は日本人の研究者だったと真下先生は教えてくれた。
「1986年、大阪大学微生物病研究所の中田篤男助教授(現名誉教授)のもとで研究をしていた石野良純先生(現九州大学教授)は、大腸菌の代謝にかかわる酵素に関する遺伝子解析を行っている過程で奇妙なことに気づきました。遺伝子の塩基配列の中に、同じ特徴的な配列が繰り返し現れることだったのです」

けれども当時、石野先生らにはゲノム配列の繰り返しの意味は分からなかった。その後この繰り返し配列は古細菌のゲノムなどからも発見され、2002年に細菌のDNAに見られる反復配列(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)にちなんで、「CRISPR」と名づけられたが、その機能が明らかになるにはさらに時間が必要だった。

「CRISPRは、細菌の中でも古い歴史を持つ古細菌にもある繰り返し配列で、何らかのDNA修復経路に関係するとか、染色体DNAの再編、高熱適応などいろいろな説が提唱されましたが、決め手にはなりませんでした。その後、細菌のDNAの繰り返し配列と同じものが、細菌に侵入するウイルスにもあることに着目した研究者が、細菌がウイルスの攻撃から身を守るための戦略だとの説を唱えました。
細菌は侵入してきたウイルスのDNAを切り出して自身のゲノムの中に取り込み、二度目にウイルスが侵入してきたときに照合してウイルスを退治してしまうというのです。これはヒトの免疫細胞が、一度感染した相手を記憶し抗体をつくり出す獲得免疫とそっくりなシステムなんですね」

細菌のような微生物が、ヒトと同じ免疫システムを持っていることは多くの生命科学者を驚かせたが、この段階ではまだ、CRISPRシステムがどのような仕組みでウイルスを撃退するのかは分かっていなかった。
これを明らかにし、ゲノム編集技術に応用することに成功したのが、ジェニファー・ダウドナ博士と、エマニュエル・シャルパンティエ博士だったのだ。

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