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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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「繁殖分業」という究極の社会性

さて、アリというと多くの人が、一つの巣の中に女王アリと働きアリがいて役割分担をしていることを思い浮かべるだろう。
「アリはハチと同様、『社会性昆虫』と呼ばれます。社会性というと、コミュニケーションがとれるとか空気が読めるとか擬人化されることも多いのですが、昆虫の社会性は世代重複、共同育児、繁殖分業という3つの特徴によって定義されていて、なかでも一番重要なのが繁殖分業。ごく一握りの生殖可能な女王アリと、働きアリという生殖を行うことなく労働に専念する多数の個体が一緒に生活しているのです」

子どもを産む女王アリも働きアリも、どちらもメスだ。元は同じ卵から生まれたのに、成虫になると全く違った形になる。女王アリは大型ででっぷりしていて翅を持っているし、翅を動かす筋肉も発達している。これに対して働きアリはスリムで動きやすい体をしている。何よりの違いは、女王アリが高い繁殖能力を支える立派な生殖器官を持っているのに対し、多くの種の働きアリは生殖器官がなかったり、あっても機能しない。

キイシリ。女王の体長は約8mmで働きアリの体長は2~3mm、。お米のように見えるのが幼虫だ

同じメスとして生まれても、女王アリになるか働きアリになるかのカーストの分かれ目は発生が進んだ幼虫期。ミツバチの場合はローヤルゼリーのみで育てたメスが女王バチになることがわかっているが、アリの場合は幼虫期のある段階の温度やエサの違いなどによって分化スイッチが入るといわれている、しかし、そのメカニズムはよくわかっていないという。

一方、繁殖期にしか生まれないのがオスのアリだ。女王アリは巧みに“男女産み分け”を行っていて、卵を産み落とすとき、精子と受精させた受精卵からはメスが生まれ、未受精卵からはオスが生まれる(卵巣で成熟した卵が、輸卵管を通って精子を貯めている受精嚢の入り口を通るときに、受精嚢を閉めたままにしておくと未受精卵となるといわれている)。したがってオスには父親は存在しないことになる。

女王アリの数も種によって異なり、ケアリは1コロニーに女王アリが1匹しかいないが、キイシリは1コロニーに十数匹の女王アリが同居している。キイシリは「多雌創設」といって、血縁関係のない複数の女王アリが新しいコロニーをスタートさせるのだ。「そこがキイシリのおもしろいところ」と後藤先生。「コロニーの初期の段階は女王アリだけなので、ちゃんと巣をつくれる確率はものすごく低い。外敵への防御態勢は弱いし、巣をつくろうにもまだ働きアリがいないのでそれほど深いところまで穴を掘れないなどのリスクが大きい。そうしたときに複数の女王アリがいて協力し合えば、敵への防御も何倍にもなるし、グルーミングによってなめあったりして病原菌から身を守ることも可能になります。
通常、多雌創設をする他の種では、最初の働きアリが羽化したタイミングで仲間割れが起こり、最終的にコロニー内の女王は1匹に絞られます。しかし、キイシリは姉妹であるとか遺伝的に共通していないのに、働きアリが羽化した後も仲良くしているというのはすごく例外的だと思います。血縁関係はなくてもみんなが一緒にいることでコンスタントに卵が産めるメリットがあり、周囲のコロニーとの餌や巣場所をめぐる競争に有利なため、共存できているのではないかと考えています」