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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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女王アリの精子貯蔵器官で働く遺伝子を発見!

今年になって新たな発見があった。それは、女王アリの受精嚢で働く遺伝子を発見したことだ。
「受精嚢でどのような遺伝子が活発に働いているかを、次世代シークエンサーを利用して網羅的に解析し、その中から受精嚢だけで強く発現している遺伝子を12個特定することができました。精子貯蔵に関与すると予想していた抗酸化酵素遺伝子や、タンパク質の折りたたみに関与するタンパク、抗菌タンパク、受精嚢内の環境に影響するイオンや糖輸送体、また、具体的な機能はわかっていませんが、発現量が極めて多い遺伝子などです」

受精嚢は、精子を貯蔵する袋状のリザーバーや、精子になんらかの物質を分泌している受精嚢腺という外分泌組織などにより構成されている。

受精嚢のみではたらいている遺伝子の一例。この遺伝子は受精嚢腺(青く色づいてみえる部位)で発現しているので、分泌タンパクとしてリザーバーに分泌され、精子になんらかの影響を及ぼしている可能性が考えられるという

後藤先生によると、これら12個の遺伝子の機能はほかの生物の生殖器官ではまったく知られておらず、女王アリの精子貯蔵に特殊化した機能を持った遺伝子の可能性があると期待できるという。
今後は、これら12個の遺伝子からタンパク質を合成し、精子と一緒に培養するなどして実験を行い、それらのタンパク質が精子の生存や生理状態にどのような影響を及ぼしているかを明らかにし、常温でも精子が死なずに生きているナゾの解明につなげたいと考えている。
「畜産やヒトの不妊治療では精子を液体窒素で凍結して保存しています。もし女王アリの精子貯蔵メカニズムの謎が解ければ、低エネルギーで高品質に精子を保存できる技術の開発に役立てられるかもしれません」

そんな展望を語る後藤先生だが、ここまでこぎつけるには「500回ぐらい心が折れかけました」と振り返る。何しろ今までだれもやっていない研究テーマで、すべてが未知への挑戦だった。アリの研究というと生態学や分類学のイメージが強いが、後藤先生の取り組むテーマは分子レベルでの探究が欠かせない。
「たとえば、遺伝子の解析で用いた次世代シークエンサーは遺伝子の塩基配列を高速で読み出せる装置で、ランダムに切断された数千万~数億のDNA断片の塩基配列を同時並行的に決定することができるというスグレモノなんですが、非常に高価ですから、私の研究室にはありません。そこで基礎生物学研究所に出向いたのですが、解析にあたっては、『バイオインフォマティクス』といって情報学の知識が必要です。打ち込むUNIXなどのコマンドをゼロから勉強してPCと格闘を続けた感じで、『ああ、最近アリを見ていないな・・』と何度ため息をついたことか!」

仮説を検証するために使う機械にしても、簡単に買えるようなものではなく、インターネットで機械を持っている研究室を検索し、つてを頼っては実験への協力を依頼した。浸透圧を測る機械など、アリの受精嚢内というきわめて微量なものを測らなければならず、所有している研究室は非常に少ないのだ。

「しかも、女王アリが生まれてくるのは1年に1回です。研究材料として使うためにはまず捕まえなくてはいけないし、小さなアリの、そのまた小さい受精嚢を取り出す作業もたいへんで、失敗したらまた来年まで待たなければいけません。女王アリはいつ飛ぶかわからないので、何日も待ってようやく捕まえて、徹夜で解剖したこともありますよ」

そんな苦労が続いても、新たな発見があるたび、意欲がわいてくるという。