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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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世界一女王アリをたくさん飼っている研究室

精子の長期貯蔵メカニズムのほかにも、後藤先生が解明したい謎はたくさんある。

たとえばオスアリの精子形成がストップしてしまうメカニズム。普通、動物のオスは老化するまで生涯にわたり精子をつくり続けるが、オスアリは交尾の機会が1回しかないので精子をつくり続ける必要がない。このためオスアリは幼虫期や蛹期までに精子の生産を停止し、精巣を退縮させてしまう。長い間精子をつくり続けるムダを省けば、余ったエネルギーをほかに必要なところに回せるメリットがあるわけだが、いったいどのようなメカニズムで制御されているのか? 精子をつくり続けるには幹細胞が必要だが、発生とともにその幹細胞もなくなってしまうのか、精巣退縮には細胞死(アポトーシス)やホルモンの作用が関わっているのか。また、オスは寿命が短いものの、精子として女王アリの体内でずっと生きていくことができる。女王アリが精子を長期間貯蔵することも、オスが精子を女王に受け渡すまでにどのようにメンテナンスしているかということと関係しているのではないか・・・等々、調べるべきナゾはいくらでもある。
「アリの社会ってメスが中心なので、オスアリの研究はあまりやられていません。いくらでも研究のテーマがありますね」

オスアリの交尾のチャンスは生涯たった一度きり。だから蛹期までには精子の生産をストップさせて、精巣を退縮させてしまうんだって。

アリの研究というと、従来は、分類学や生態学、動物行動学、ことに社会性がどのように進化したか、どのように維持されているかなどに焦点を当てたものが中心だった。近年になって、神経生理学や発生生物学など、遺伝子や分子生物学的なアプローチも盛んになってきたが、たとえば精子の長期貯蔵という謎は以前から知られていたが、取り組む研究者はほとんどいなかった。
「やはり女王を集めるにはある程度アリを知らないといけない。分子生物学だけをやってきた人ではなかなか難しい。また飼育も知識と経験が必要。生態学と分子生物学を熟知した視点からアプローチできるのが、私の研究室の強みですね」

アリの飼育風景を見学させてもらった。
アリの巣というと砂や土の中というイメージがあるが、必ずしもそうである必要はなく、後藤先生は何段にも重ねたコンパクトなプラスチックケースの中でアリを飼っている。長年のアリ研究で培ったアイデアのたまものだ。それが整然と並んでいて、ときおり見学に訪れる研究者仲間のだれもが「こんなきれいにアリを飼っているのは見たことがない」と驚くという。

棚に採取年・場所別に整然と飼育ケースが並んでいる

ケースの中に、コロニーごとにさらに小さなケースが。敷き詰められているのは土や砂ではなく石膏。エサは観賞魚の餌として市販されている乾燥アカムシをゴリゴリ磨り潰してハチミツ液に溶かし入れて与えているそうだ

飼育中のアリをニコニコとながめながら、後藤先生はこう語っている。
「キイシリの女王アリを主な研究材料としているし、実験によってはケアリの女王も使うので、こちらも大量に飼育しています。そのため、“世界一たくさん女王アリを飼っている研究室”という裏キャッチフレーズを掲げているんですよ。現在研究室で一番長生きしているのは2012年に捕まえたキイシリの女王アリ。それ以前のアリは実験で使ってしまったのでいませんが、今後女王アリを10年以上飼って、世界で私しかできない実験をするというのが夢です」

(2017年10月3日更新)