蒸し暑い夏の夜、街灯の下で動く怪しい人影?
六甲山地の南麓に位置する神戸・東灘区の住宅街。蒸し暑い夏の夜、街灯や自販機、コンビニが照らす明かりを頼りに、建物の壁や地面に目を凝らす怪しい?人影。手にはピンセットとカラのペットボトルを持ち、何か探している様子。なんと後藤先生だ。
「いた!」
目を輝かせた後藤先生がそっと手を伸ばした先にいたのは、アリだった。ただのアリではない。オスアリとの交尾を終えたばかりの女王アリだ。
後藤先生は現在、研究のため主にキイロシリアゲアリ(以下、キイシリと略)とケアリの2種類のアリを飼育している。アリの巣(コロニー)の中で産卵するのは唯一女王アリだが、交尾シーズンは年に一度だけ。研究のためには交尾を終えて精子を貯め込んだばかりのたくさんの女王アリが必要で、毎年、捕獲する必要がある。
「繁殖期になると翅の生えた処女女王アリと、同じく翅を持つオスアリが交尾のために巣の外に飛び立ちます。これが“結婚飛行”です。アリは日本では約300種、世界では1万種いるといわれ、とても多様性があり、種によってずいぶん違うのですが、ケアリは7月ごろ、キイシリは9月ごろの、主に雨が降った翌日の夜に一斉に飛び立ちます。交尾は空中でだったり、建物の壁や電柱でだったりといろいろで、交尾したオスアリはそこで力尽きて死んでしまうものの、女王アリは1回の結婚飛行で一生分の精子を受精嚢に貯め込み、地上に降り立ったあと自らの翅を落とし、巣穴を掘って女王アリとしての最初の産卵を行うのです。地上に降りて翅を落として歩き回っているときが狙い目で、指やピンセットでつまんで捕まえます」

キイロシリアゲアリの女王アリのお尻近くにくっついているのはオスアリ。でっぷりした女王とオスとの体格差に注目!

昆虫には光に誘引されて群がる習性のものがあり、翅を持つアリがまさにそれ。後藤先生は暗闇の中で明るい光を放つコンビニやコインランドリー、街灯、自販機などの前で待ち構えているのだが、いくら明るくてもLED照明を使っているところにはあまり集まってこないという。LEDには昆虫を誘引する紫外線が含まれていないのが原因ではないかといわれている。
ちなみに、地面に降りたった女王アリは、巣穴を掘って産卵し、女王だけで子育てをする。最初の働きアリが成虫になると、コロニーの手入れや餌集めは働きアリに任せ、女王アリは繁殖に専念する。ある程度働きアリが増えてコロニーが一定規模になったところで、次世代の翅アリを産み、その翅アリたちが結婚飛行で飛び立っていくのだ。

後藤彩子(ごとう・あやこ)
甲南大学理工学部生物学科講師
神奈川県平塚市生まれ。東京都立大学(現・首都大学東京)理学部生物学科卒業。東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻修士課程修了。愛媛大学大学院連合農学研究科生物環境保全学専攻博士課程修了。農学博士。自然科学研究機構基礎生物学研究所 特別協力研究員、同生理学研究所 専門研究職員、日本学術振興会・特別研究員(PD)を経て現職。