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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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女王アリの寿命は10年以上、長いものでは約30年

後藤先生がポスドク時代から取り組んでいる研究テーマが「アリ類の長期間にわたる大量の精子貯蔵メカニズムの解明」だ。

「アリの女王とオスは羽化後の限られた時期にしか交尾をせず、女王はそのとき受け取った精子を精子貯蔵器官である受精嚢に寿命が続く限り貯蔵し、産卵のときに必要な数の精子を小出しにして受精させています。女王アリはほかの昆虫と比べて極めて長寿で、多くの種で10年以上、海外の記録では29年生存する種も報告されています。通常、動物のオスの精子は交尾後数時間から数日で著しく劣化し、受精能力も低下することを考えると、精子を常温のまま10年以上も常温貯蔵できる女王アリの精子貯蔵能力はきわめて特殊なもの。でも、これまで、どうやって長期保存できるのかのメカニズムはわかっていませんでした」

研究をスタートするときに悩んだのが、どのアリを研究対象とするかだった。
「キイシリは日本で普通にみられる種で、大量に捕れます。また、1コロニーに複数の女王アリがいて多頭飼いができるメリットもある。でも、受精嚢のサイズがたったの0.3mmぐらいしかないんです。
一方、ケアリの受精嚢は約1.2mmと大きいのですが、ケアリにもいろいろな種がいて、どの種なのかを同定するのが難しいし、飼育もキイシリより手がかかる。悩んだ末、キイシリにしました」

研究を始めるにあたって、仮説を立てた。長時間保存できるということは、精子を休眠状態にしているということではないか? ならば受精嚢の中では精子の動きが止まっているのでは? 確認すると、予想通り、受精嚢内の精子は止まっていた。そして、受精嚢から精子を取り出すと、動き始めることも確かめた。

「精子の運動を制御しているメカニズムを探れば、長期保存の仕組みの解明につながるのではないかと研究を進めました」

アリの受精嚢の中で、なぜ精子の動きが止まっているのだろう? イオン、糖、pH、浸透圧などについて、さまざまな仮説を立てては実験を繰り返した。どれも結果は「ノー」と出た。
「仮説を立てた中であと残っているのは、粘度の高い何かネバネバするものでトラップして動かさないようにしているとか、無酸素の状態にして休眠させている、あるいは動きを止める特別なタンパク質によって制御している、といったことです。最近、注目しているのは酸素の濃度。酸素は呼吸に必要なものであり、エネルギーをつくるうえでも欠かせません。低酸素状態にしてエネルギーをつくれないようにして動きを止めていることが考えられます。今はその解明に取り組んでいます」