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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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DNAの収納原理と遺伝情報の検索・読み出しの謎を追って~国立遺伝学研究所 構造遺伝学研究センター 前島研究室を訪ねて~

「生命の設計図」といわれるヒトゲノムDNAは、つなぎあわせると全長2メートルにもなるという。それが、私たちのからだを構成する細胞の一つひとつの核にからまることなくおさめられている。いったいどのように収納されているのだろうか? この10年で定説が覆されたことをご存じだろうか?
DNAの収納をめぐる「定説」

2017年夏、あるニュースに目が釘付けになった。「DNAは、生きた細胞の中で不規則な塊を作っていた!」という見出しが躍っている。国立遺伝学研究所・前島一博教授らのチームが、これまでの光学顕微鏡の分解能をはるかに超える「超解像蛍光顕微鏡」を使って、生きた細胞内におけるDNAの収納の様子を世界で初めて観察したというのだ!

この生命科学DOKIDOKI研究室では、DNAが生命をつかさどるさまざまなタンパク質の設計図であることを何度も伝えてきた。では、DNAは私たちのからだを構成する37兆個もの細胞の核の中でどのようにしまわれているのだろう? 顕微鏡でどんなふうに観察できるのだろうか? 教科書でDNAが二重らせん構造だということは習ったけれど、ATGCの塩基がエンエン並んでいるイメージしか筆者は持っていない・・・。ガゼンDNAのことについてもっと詳しいことが知りたくなり、国立遺伝学研究所・構造遺伝学研究センターの前島研究室を訪問した。

国立遺伝学研究所は、東京から新幹線こだま号で約1時間、晴れていると富士山が間近に望める三島にある。
前島先生は、細胞の立体模型と、円盤をつなげたヒモのようなものを手に、迎えてくれた。

「DNAは直径2ナノメートルのきわめて細いヒモだということはご存知でしょう? 一つの細胞の核にしまわれているDNAを全部つなぎあわせると、ヒトの場合、その長さは約2メートル。仮に核の大きさが直径4cmのゴルフボールぐらいだとすると、DNAの長さはなんと8キロメートルにもなるわけですね」

こう言いながら先生が取り出したのが、赤と青の円柱が数珠つなぎになったヒモである(写真)。
「DNAの二本の鎖はマイナスの電荷を帯びています。ですからこれを細胞の核のような小さな空間に押し込めようとしても、反発しあってうまくいきません。そこでDNAは『ヒストン』と呼ばれる、糸巻きのような形をしたプラスの電荷を持ったタンパク質の複合体に巻き付いて、電荷を打ち消しているのです」

ヒストンにDNAが巻き付いたものを「ヌクレオソーム」といい、ヒストン一つに巻き付いているDNAの塩基対はおよそ200個。そして、少し間をおいて次のヒストンに巻き付いて・・・というふうに連なっている。これが「ヌクレオソーム線維」で、その直径は約11ナノメートルだ。

「1982年にノーベル化学賞を受賞したイギリスのアーロン・クルーグ博士らが、このヌクレオソーム線維がらせん状に規則正しく折りたたまれて直径約30ナノメートルのクロマチン線維を形成するという説を1976年に提唱しました。細胞のなかでは、このクロマチン線維がさらにらせん状に折りたたまれて、100ナノメートル、200ナノメートル、500ナノメートルと徐々に太く積み上がった構造体(積み木構造)であるというのです。この説は、広く受け入れられ、分子生物学の世界的な教科書にも長年掲載されてきました」

この定説に異を唱え、30ナノメートルのクロマチン線維が基本的に存在せず、「DNAは核の中に不規則に折りたたまれている」ことを提唱したのが前島先生だ。教科書を書き換えることになるこの発見は、いったいどのような研究から生まれたのだろう?

前島一博(まえしま・かずひろ)

国立遺伝学研究所・構造遺伝学研究センター・教授

1988年 奈良県立奈良高等学校卒業 1993年筑波大学第二学群生物学類卒業 1999年大阪大学大学院医学研究科博士課程修了。2004年までスイス・ジュネーブ大学 生化学/分子生物学部Ulrich. K. Laemmli教授のラボでポスドク。2004年6月より理化学研究所 今本細胞核機能研究室に。研究員、専任研究員等を経て、2009年4月より現職。ヒトゲノムDNAのダイナミックな動きと構造の秘密を探究中。