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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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細胞内の温度を測る「ナノ温度計」の条件とは?

温度を測るというと、私たちが一般に思い浮かべるのは、棒型の温度計だろう。これは水銀やアルコールなどが温度が高くなると膨張する原理を利用したものだ。また、体温を測るときに使う電子体温計は、温度の変化によって電気抵抗が異なる「サーミスタ」と呼ばれる温度センサーを体温計の先端の金属部分に埋め込んだもので、電気抵抗の変化をマイクロコンピュータが温度に換算してデジタル表示するしくみ。このほか、金属によって温度による収縮率が異なることを利用した温度計や、2種類の金属の熱電能の違いを使った「熱電対温度計」、物体から放射される赤外線を計測する「赤外放射温度計」や「サーモグラフィー」などさまざまな種類がある。

「細胞内の温度を測ろうというとき、熱電対は絶対温度を0.01℃ぐらいの精度まで測れるけれど、小さくするのが難しいという問題があります。また、面ではなく、点でしか測れません。サーモグラフィーは、温度分布が取れますが、赤外光が水に吸収されてしまうため細胞など水を含んだ試料を見るには不向きで、分解能も条件が良くても1~2㎛しかなく、細胞の中を細かく見るのに必要な解像度を求めることが現在の技術では難しいとされていました」

そこで鈴木先生が選んだのが、蛍光温度計だ。

「蛍光温度計は、蛍光の強さとか色の変化など、温度(「熱」と表現するのが正確な場合もあるが、以降はわかりやすさを優先し、よりなじみのある「温度」と言うことにする)によって変化する蛍光の特性を利用したものです。蛍光分子が励起状態にとどまる平均時間である蛍光寿命を尺度にする場合もあります。蛍光を使うメリットは、遺伝子操作や細胞の活動をカルシウムイメージングするなど、光学顕微鏡を用いる細胞生物学の手法がそのまま持ち込めること。温度変化の原因となった化学反応を推定しやすいのです。また、細胞内の特定の場所の温度変化や、細胞内の温度分布など、目的に応じた測定ができる点も有利ですね」

では、ナノ温度計に求められる特性は何だろう?
鈴木先生によると、(1)感度、(2)頑強性、(3)標的指向性、の3つが重要なのだという。

(1)感度、(2)頑強性、(3)標的指向性が三拍子揃ったナノ温度計の開発が求められているんだって。

(1)の「感度」というのは、温度変化に応じて、色や強度がどの程度変わるかを尺度とするもの。わずかな温度変化で状態が変われば、当然、計測精度は上がる。
(2)の「頑強性」はとくに重要で、蛍光の変化が温度のみによるものかどうか。
「⼀般に蛍光強度は、pHやイオン強度など温度以外の環境因⼦によっても変化する性質をもっていて、正確な温度測定を妨げてしまうのです。タンパク質の濃度が局所的に変わっているのではないか? pHやその他の環境の変化に左右されてはいないか? 本当に温度変化だけを測定しているのか? 私たちのような物理屋が一番、留意するところですね」

最後の「標的指向性」は、細胞内のねらったところに正確にターゲティングできるかどうか。
「三次元の空間では、温度勾配は熱源からの距離に反比例するので、温度を正確に測るためには、できるだけねらった熱源の近くで測りたいわけです。ターゲットが動く場合もある。蛍光タンパク質なら、核であれば核に行くタグをつければよいのですが、材料で正確にターゲティングするのは非常に難しいのです」

(1)感度、(2)頑強性、(3)標的指向性が三拍子揃ったナノ温度計はいまだに開発されていないという。