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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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熱は生体を制御する重要なシグナル

カナブンの飛翔筋の熱産生のイメージングができたといっても、まだまだ課題は多い。

「たとえばある筋肉の繊維は温度が高いが隣は低いとか、そういうことが見えたら素晴らしいと思ってスタートしたんですが、計測の精度がそこまで達していないんですね。やはり若干残っている自家蛍光がノイズになってしまうんです。これから他の動物でもチャレンジするために、こうした課題をクリアしたい」

また、感度、頑強性、標的指向性の3拍子が揃ったナノ温度計を作り上げることも大きな目標だ。

「3拍子揃ったナノ温度計を用いて、生きた細胞の内外のきわめて小さな領域で放出された熱が、細胞のかたちや運命の決定、組織形成にどのような影響を与えているのかを、培養細胞はもちろんのこと、生きた動物で実験しようと考えています」

この春、こうした課題に取り組もうという鈴木先生らの国際共同研究が、「ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)」の助成プログラムとして採択された。この助成は、生体の精妙かつ複雑なメカニズムに焦点を当てた革新的、学際的で新規性を備えた基礎研究に与えられるもので、期間は3年間。採択率わずか4%という狭き門だった。これまで一緒に研究を続けてきたロシアのVadim Zeeb博士、シンガポールのEllen Birgitte Lane教授、それにVadimの知己であるオーストラリアのTaras Plakhotnik博士らと進める計画だ。

「テーマは『ナノスケールの熱伝導現象:細胞内・細胞間情報伝達と細胞の形態を理解するための新しいパラダイム』という挑戦的なものです。
熱って単に細胞が熱を産生して、熱が体内を拡散して体温を維持することで細胞の化学反応の速さや酵素反応を一定の範囲にとどめているだけではなく、ホルモンや情報伝達物質同様に、生体を制御する重要なシグナルの一つだと思うんです。たとえば温度が1℃上がったら元に戻すフィードバックがあるとか、あるいは温度が変わったらそれをうまく利用するしくみがあるかもしれません。ナノ温度計の開発と計測を通して、生物が熱を効率的に使うしくみに迫りたいですね」

熱の産生と細胞内の小器官の機能の関係、細胞内の温度分布などが解明されていけば、近い将来、生物学の教科書が書き換わる日も来るかもしれない。

「ナノ温度計の開発を通じて、生物が熱を効率的に使うしくみに迫りたい」と鈴木先生は熱く語ってくれたよ。

(2018年7月更新)