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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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「クラゲの飼育の名人」とベニクラゲとの出会い

久保田先生とベニクラゲとの出会いは北海道大学の大学院1年のときにさかのぼる。厚岸での演習合宿の際、牡蠣の表面にたくさんのクラゲの芽がついているのを見つけた。それがベニクラゲのポリプだった。
「でもこのときは若返るなんて思ってもみなかったし、すでにヒドロ研究の大家で昭和天皇にご進講したこともある恩師の山田真弓先生が何年も前に厚岸のベニクラゲについての論文を書いていて、研究しても二番煎じになるからと飼育もしませんでした。クラゲってこんなかわいいポリプを作るんだなぁ、と感心して、クラゲの図を描いて終わりでした」

厚岸の大きなカキの殻を手に、ベニクラゲのポリプが付着していた当時の思い出を語る久保田信先生

その後、久保田先生は早死にしてしまうカイヤドリヒドラクラゲの研究を始め、やがて「クラゲ飼育の名人」と称賛されるようになる。クラゲ研究の修士論文が国際的に注目され、国際会議に招かれて講演したことも。
そんな中、1991年にスペインで開かれたヒドロ虫の学会に出席した際、驚くべき報告を聞いた。ドイツのクリスチャン・ゾマーという海洋生物学を研究している大学生が発表したもので、ベニクラゲを飼育中、この世の常識では説明できないような行動に気づいたという。それはベニクラゲが逆方向に年をとってどんどん若返っている、という報告だった。
この報告を聞いて、久保田先生は「やはり」と思ったそうだが、当時は早死にのクラゲを研究していたこともあり、それきりとなった。

一方、ゾマーの発見に魅了された研究者がいた。イタリア・レッチェル大学のボエロらの生物学者で、ベニクラゲの研究を始め、1996年に「逆進する生活史」と名付けた論文を世界で初めて発表した。
その論文に触発された久保田先生は、1999年から2000年にかけてイタリアに滞在して研究する機会があった際、ボエロの研究室を何度も訪れてイタリア産のベニクラゲを飼育した。若返りを目の当たりにして、本格的にベニクラゲの若返り研究に取り組むことになった。

しかし、不老不死ではあっても非常にデリケートなのがベニクラゲ。適度な水温でないと若返りは起きないし、水が汚れていてもいけない。同じ条件のもとで飼育しても、若返るものと若返らないものがいるが、どうしてそうなるかは不明だ。このため、ボエロらの研究グループはベニクラゲを1回だけ若返らせることに成功したものの、同じ個体を二度、三度と若返らせることはできなかった。

現在、世界中で飼育下で2回以上の若返りを成功させたのは久保田先生1人だけ。久保田先生は研究室でなんと14回もの若返りに成功している。
「数年前のたび重なる台風で、屋内で飼育に使っていた海水が薄まってしまい、一晩で死んでしまいました」と残念がる。

アメリカの有力紙ニューヨークタイムズは久保田先生の研究に注目し、「久保田氏は現時点で、このユニークな生物学的不死を解明できる最大の可能性を持っている」と紹介しているほどだ。

◎NewYork Timesの記事はこちら→