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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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ベニクラゲの細胞は用途にあわせて生まれ変わる

長年、ベニクラゲを飼育してきて、いくつかわかってきたことがある。
たとえば、従来、日本のベニクラゲは1種類と思われていたが、複数種あることがわかってきた。北日本型のベニクラゲは10㎜程度の大型で、胃の部分の紅色が強く、子ども(プラヌラ幼生)を保育する。これに対して南日本型のベニクラゲは3㎜程度と小型で、胃に紅色がなく、産みっぱなしで子どもを育てない。さらに南日本型のベニクラゲの遺伝子を調べてみると、形での区別ができない2つの種に分けられることも判明した。
ということは日本には3種のベニクラゲが分布していると考えられる。そして、クラゲからポリプへの若返りはこれら3種のベニクラゲのすべてで久保田先生が確認している。

さらに、スイスとイタリアの研究者との共同研究でミトコンドリア遺伝子の塩基配列を調べてみると、もっと意外なことがわかった。南日本型のベニクラゲは、鹿児島や白浜などに生息しているものと沖縄周辺に生息しているものとに分けられるが、沖縄のベニクラゲのミトコンドリアの遺伝子は、イタリアやスペインに生息するベニクラゲと同種だった。
一方、福島などに生息する北日本型のベニクラゲは、ニュージーランドやオーストラリアのタスマニアのベニクラゲと遺伝子が一致することがわかった。ニュージーランドとタスマニアは南半球の寒い地域。遠い北半球と南半球であっても共通する気候条件が分布に関係しているのかもしれない。

ベニクラゲは死すべき部分と若返る部分が別々にセットされていることもわかってきた。
「若返らない部分は、ベニクラゲの傘の中央部に垂れ下がっている口柄(こうへい)です。口柄は生物の2大特徴である生殖と摂食を担っていて、口柄の内側は食道と胃袋であり、外側には生殖巣が形成されています。その口柄だけは、肉ダンゴになる前に切り離されるか、肉ダンゴになった時点で消滅してしまいます。つまり口柄だけは寿命があり、それ以外は不老不死なのです。口柄だけが不老不死になれない理由ははっきりしていませんが、おそらく、口柄は生殖をつかさどる組織でもあるため、ここの細胞だけが多組織の細胞から分化してしまい、不老不死の能力を退化させてしまったのではないかと考えています」

ベニクラゲの体から切り離された口柄は、口柄だけでエサを採り、有性生殖により子孫づくりを行う。通常ベニクラゲのクラゲ期間は3カ月ほどしかないが、口柄は運がよければ半年程度生きることができるという。

では、ベニクラゲが若返る理由はどこまでわかってきたのだろうか?
「ベニクラゲはどのようにして繰り返し若返りができるのか、まだまだ仮説の段階ですが、1つわかっていることは、ベニクラゲの細胞が用途にあわせて生まれ変わることができるという点です。人間の場合、1個の受精卵からたくさんの細胞に分化していきますが、いったん筋肉など特定の細胞に変化したあとは、違う細胞になることはありません。ところがベニクラゲは、いったんクラゲの筋肉へと分化した細胞であっても、ポリプの状態に戻る際にそこからまた新たな細胞分裂を始め、性質も役割もまったく異なる細胞へと分化していきます。まるで山中伸弥教授が発見したiPS細胞みたいですが、ベニクラゲは自分自身の力でiPS細胞をつくり出しているんですね。すごいと思いませんか?」

このようなベニクラゲの細胞が持つ驚異の分裂能力は、染色体が大きく関わっているからだと考えられる、と久保田先生は語る。
「すべての動物細胞の染色体にはテロメアと呼ばれる部分があります。染色体の末端にあって、その長さによって細胞分裂の回数を制限しており、“いのちの回数券”のようなものと考えるといいでしょう。通常の細胞は分裂のたびにテロメアが短くなっていき、テロメアがゼロになると細胞分裂はストップします。
ベニクラゲの染色体にもこのテロメアは存在します。それなのにベニクラゲの細胞が無制限に分裂できるのはなぜか? おそらく、ベニクラゲの細胞内には分裂するごとに短くなっていくテロメアを、酵素などの働きで修復し、いつまでも同じ長さに維持するシステムが確立しているのではないかと推測されます。このシステムを動かすため、ベニクラゲの体には外敵に傷つけられたりすると、異常を細胞が感知してそれを遺伝情報にまでフィードバックし、若いときの遺伝子を読み直して細胞を作り変えるなんらかの機構が備わっている可能性があります」

具体的にどのようなメカニズムが働いているのかといった詳しいことは、未だわかっていない。それでも、このようなベニクラゲの若返りの秘密を探ることは、私たち人類の病気治療やアンチエイジング(老化予防)などに応用できる可能性は大いにある、と久保田先生は期待を寄せている。

なお、ベニクラゲ以外にも不老不死のクラゲが存在している。同じヒドロクラゲ類のヤワラクラゲだ。このヤワラクラゲの不老不死性は、久保田先生もイタリアの研究者とほぼ同時に発見した。しかし、ヤワラクラゲはおそらく若い段階のクラゲでしか若返ることができないので、不老不死の能力が優れているのはやはりベニクラゲが一番、という。

また、ひとくちにヒドロクラゲ類といっても多種多様で、ヤワラクラゲは軟クラゲ目に属していて、花クラゲ目に属するベニクラゲとは遠縁の関係にある。一方、ベニクラゲと近縁のクラゲにベニクラゲモドキがいるが、こちらは今のところ若返りができていない。近縁種なのになぜ若返りができないのか。そのヒントとして久保田先生が若返りに関係しているのでは?とにらんでいるのは、ベニクラゲにはある海綿状組織がベニクラゲモドキにはないことだという。

遠縁のヤワラクラゲが若返ることができて、近縁のベニクラゲモドキができない理由は何なのかを解明することも、不死のナゾ解きの大事な手がかりの1つ、と久保田先生は語っている。また、かずさDNA研究所などとの共同研究で、次世代シーケンサーを用いてゲノムを解読し、ライフステージ別にどのような遺伝子が発現しているかなどを探る研究も進んでいるという。