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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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進化の過程で獲得したカブトムシの角のナゾに挑む

2013年、新美先生らの研究グループは、カブトムシの角形成が性差を司る遺伝子によって制御されていることを世界で初めて解明した。

カブトムシの角はオスのみに存在することから、性決定遺伝子としてショウジョウバエに存在しているdsx遺伝子(doublesex遺伝子)に着目。カブトムシにもこの遺伝子があることを見つけ、dsx遺伝子をターゲットにRNA干渉を行ったところ、驚くべきことが起こった。
「幼虫の段階でdsx遺伝子の働きを抑制してしまうと、本来はオスであった個体では頭部の角は小さくなり、胸部の角はまったくなくなってしまいました。さらに驚いたことに、本来はメスであった個体では頭部に小さな角が形成されたのです。つまり、性差を司る遺伝子の働きがなくなると、オスでもメスでもないカブトムシになり、その性差を消失した個体では、頭部に小さな雄雌中間型の角がつくられることがわかったのです」

上段左は野生型オス、右はdsx遺伝子の働きをRNA干渉によって抑制したオス
下段左は野生型メス、右はdsx遺伝子の働きをRNA干渉によって抑制したメス
dsx遺伝子の機能を抑制した結果、オスの頭部の角は小さくなり、胸部の角は消失、メスは頭部にのみ小さな角が形成された

新美先生によると、この研究結果は、カブトムシの角がどのように進化してきたかを考える上で新たな視点を与えてくれるきっかけになったという。つまり、カブトムシの進化の過程において、まず未発達な状態の短い角が性とは無関係に獲得され、次にdsx遺伝子が角の形成に関わるようになってオスとメスで異なる形へと進化していった。オス型のdsxはより発達した角の形成を促進し、一方でメスでは角ができないようにメス型のdsxが角形成を抑制するように働いているのではないか、というのである。

dsx遺伝子のRNA干渉では、雌雄中間体が形成されたが、新美先生はオスメスの性差が現れる時期を探る研究の過程で、カブトムシの性を決めるtra遺伝子(transformer遺伝子)も特定した。メスの幼虫のtra遺伝子の機能をRNA干渉によって抑制したところ、メス化が阻害され、オスと同じように角が生えてくることがわかったという。

そもそもカブトムシの角に、オスとメスの性差はいつ現れるのだろうか?
カブトムシの「角原基」(成虫の角のもととなる幼虫期の細胞群)は、幼虫からサナギになるまでの「前蛹」と呼ばれる時期に初めて形成され、このときに性差が現れることはすでにわかっていた。しかし、角に性差をもたらす遺伝子が前蛹期のどのタイミングで働くかはまったくわかっていなかったという。というのも、この時期にカブトムシの幼虫は土の中で暮らしていて観察できないからだ。

そこで新美先生の研究チームは、これまで土中で生活していた幼虫を、土を使わずにプラスチックの円筒ケース内で飼育することにし、一定間隔で撮影し観察を続けた。

カブトムシの幼虫を透明容器に入れてタイムラプス撮影

その結果、前蛹期に特徴的な「頭振り行動」があることを発見。この行動を指標にして前蛹が始まる時期を特定し、その後の角原基の形成過程を調べることで、角の性差をもたらす遺伝子が働くタイミングが、少なくとも前蛹36時間よりも前であることを推定した。さらに、角の性差形成プログラムがスタートするのは、前蛹開始の29時間後であることも明らかにした。

tra遺伝子はショウジョウバエにもある性決定に関わる遺伝子で、この遺伝子を抑制するとメスにも角が生えるのですが、角形成のカギとなる遺伝子というわけではありません。一方dsx遺伝子も性決定遺伝子として働いており、その機能を抑制すると頭部の角が短くなって胸部の角はなくなるので、dsxは角のあるなしを決める遺伝子の1つではあるんですが、頭部と胸部の両方の角ができなくなるような遺伝子ではないんですね。ひょっとしたら角形成のカギとなるマスター遺伝子は存在しないかもしれないし、まだ見つかっていないだけなのかもしれない。そこが研究者としては興味をそそられる部分です。ただ、カブトムシの性差が現れる時期を特定できたので、この時期の前後で遺伝子発現の違いを解析することで、角形成のカギとなる遺伝子探索に一歩近づくことができたと考えています」