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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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食欲増進のためと思われていたMCH神経が睡眠に関係している!

山中先生が最近研究しているのが、脳内の視床下部に存在するメラニン凝集ホルモン(melanin-concentrating hormone:MCH)産生神経が覚醒・睡眠と記憶に影響を与えるメカニズムについてだ。

もともと、山中先生が筑波大学大学院や自然科学研究機構生理学研究所に在籍していたころメインに研究していたのはオレキシン神経だった。
オレキシンは、1998年に現在筑波大学教授の桜井武氏がアメリカのテキサス大学に留学しているときに発見した神経伝達物質。視床下部の摂食中枢と呼ばれる場所にオレキシン神経の細胞体が集まっており、オレキシンを脳室内に投与すると摂食量を増加させる作用があることなどから、当初は摂食行動を制御する神経ペプチド*として注目された。その後、睡眠障害のナルコレプシーとオレキシンがつくるオレキシン神経との深い関係や、オレキシン神経が覚醒の維持に受容な役割を果たしていることが明らかになった(フクロウ博士と森の教室『脳の不思議を考えよう』第7回 「睡眠と脳のメカニズム」を参照。桜井先生のインタビューはこちら)

神経ペプチド*
神経組織でつくられ、神経伝達物質や神経機能調節物質として働くペプチドのこと。ペプチドは、二つ以上のアミノ酸がペプチド結合によって連なった化合物の総称

「私が現在研究しているMCH神経は、そのオレキシン神経の隣にあり、三次元で見るとオレキシン神経が分布するまわりを取り囲むように存在しています。でも、オレキシン神経とMCH神経は、重なりはしていないので別の神経として働いています。オレキシン神経の役割は覚醒・睡眠との関係で徐々にわかってきていましたが、そのまわりにあるMCH神経が、どんな働きをしているかはほとんど解明されてなかったのです」

MCHは、もともと魚類で見つかったホルモンで、メラニン色素を凝集させて魚の体色を白色に変化させる作用をもつ。このMCHをつくる神経細胞がMCH神経だ。

「古くは、合成したMCHペプチドをマウスの脳に入れると急にエサを食べるようになるので、オレキシン同様、MCHは食欲にかかわる食欲増進ペプチドだと考えられていました。実際に、MCH遺伝子を壊してMCHが作れないマウスをつくると、やはりあまり食べなくなり体も小さかったので、ほとんどの研究者はMCH神経は摂食行動と関係する神経だと思っていたのです。ところが、われわれも含めていくつかの研究室が光遺伝学を用いてMCH神経を活性化しても、マウスはそれほど食べるようにならなかった。ひょっとすると摂食行動以外の役割があるのかもしれないと、MCH神経と睡眠との関係に注目して実験したところ、興味深いデータが得られました」

山中先生のグループはまず、光遺伝学を用いてMCH神経に光を照射することによってMCH神経を活性化してみた。
「光によってMCH神経の活動が増加すると、レム睡眠の量が3倍に増えました。そしてマウスがノンレム睡眠に入っているときにMCH神経を光で刺激すると、マウスの睡眠がノンレム睡眠からレム睡眠に切り替わったのです」

MCH神経は、レム睡眠のスイッチの役割をしているのではないか。そう考えた山中先生らが次に取り組んだのが、細胞死を誘導するジフテリア毒素によってMCH神経だけを脱落させたマウスを使っての実験だった。

「脳の中に本来あるはずのMCH神経がなくなってしまえば、MCH神経が担っていた働きはできなくなります。MCH神経を活性化するとノンレム睡眠からレム睡眠に移行するのだから、MCH神経がなくなれば、レム睡眠の時間が減るか、レム睡眠自体が起きなくなるのではないかと予想したのですが、結果は期待外れ。1日の中の起きている時間が増えてノンレム睡眠の時間がやや減ったものの、注目していたレム睡眠への影響はほとんどなかったのです。そこから、MCH神経は睡眠の制御にかかわってはいるけれど、何か別の役割があるのではないか、と考えるようになりました」

コラムノンレム睡眠とレム睡眠

私たちの睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2つの種類がある。眠り始めるとまずノンレム睡眠に入る。ノンレム睡眠はからだを休める深い眠りとされ、深さによって4段階に分けられる。眠り始めて1時間から1時間半、ノンレム睡眠が続いたあとに訪れるのがレム睡眠。このとき急速眼球運動(Rapid Eye Movement)を伴うためREM=レム睡眠と名づけられた。レム睡眠のときの眠りは浅く、脳波をみると脳が覚醒時と同じように活動していることが認められる。私たちはノンレム睡眠-レム睡眠の周期を何回か繰り返して目覚める。

詳細はフクロウ博士と森の教室 第7回 「睡眠と脳のメカニズム」へ。


ノンレム睡眠

レム睡眠
休息 活発に活動
筋活動 少ない
(寝返りはできる)
完全に弛緩している
体温 下がっている 体温調節活動が低下しており、外界の影響を受けやすい
自律神経系 副交感神経優位
(全身の代謝が下がる)
副交感神経と交感神経が交互に活発に活動
(全身の代謝は高い)
感覚系への
入力
低下しているが遮断はされていない 遮断されている
単純なイメージ 複雑で奇妙なストーリー性のある夢