公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

重さ2グラムの超軽量・小型顕微鏡で1個1個の細胞の活動を計測

MCH神経はいったいどんなときに活動しているのだろうか? MCH神経の活動を記録するために山中先生らが用いたのが、光を⽤いて神経活動を測定する技術の1つである「ファイバーフォトメトリー」。光ファイバーを脳に刺⼊して、特定の神経活動を記録する手法である。

「神経細胞が活性化されると細胞内のカルシウムイオン濃度が一気に高まります。そこでMCH神経が活動すると、そのカルシウムイオンと結合して強い蛍光を発するタンパク質をMCH神経に発現させ、光の強さを測ることでMCH神経活動を探るのがファイバーフォトメトリーです。神経細胞1個1個の活動はわからないものの、全体としての活動が記録できます。覚醒や睡眠の際に蛍光の強さがどう変化するかを調べたところ、レム睡眠のときに非常に強い光が返ってきて、覚醒時にも少し光が強くなりましたが、ノンレム睡眠のときはほとんど光らない。つまりMCH神経が最も活動するのはレム睡眠のときで、覚醒しているときにも少し活動しているけれど、ノンレム睡眠のときはほとんど活動していないことが明らかになりました」

では、1個1個のMCH神経は睡眠覚醒時にどのように活動しているのだろう。それを探るために用意したのが、重さわずか約2gの超軽量・小型の顕微鏡だ。これをマウスの頭に載せて、行動中のマウスの脳内のMCH神経の活動を一つひとつ記録するのだ。

「MCH神経は、脳の最も深いところにあります。最新の最も高価な顕微鏡を使っても1㎜から2㎜の深さが限界なのですが、GRINレンズという円柱状のレンズをマウスの脳に差し込むと、深部の神経細胞の映像が反射して映し出されるのです。レンズをつけたままでもマウスは元気に動き回れるので、生きたネズミの覚醒中や睡眠中の最深部の神経活動がわかるスグレモノです」

円柱状のレンズの仕組み

小指の先ぐらいの小さな顕微鏡だ

この実験によって、MCH神経には、①覚醒時に活動するタイプ、②レム睡眠時に活動するタイプ、③覚醒時とレム睡眠時の両方で活動するタイプの3種類のMCH神経がランダムに存在していることがわかった。

次に、このうちのどのタイプのMCH神経が記憶に関与しているのか? MCH神経と覚醒・睡眠と記憶との関係を探るために山中先生が再び活用したのが光遺伝学である。
「脳波と筋電図でリアルタイムにマウスの睡眠覚醒チェックをしながら、覚醒・睡眠の状況をコンピューターで自動的に判定して、覚醒・睡眠状態に応じて光を当ててMCH神経活動を操作する実験システムを新たにつくりました。そして、①起きているときだけ光が当たってMCH神経が抑制される群、②ノンレム睡眠のときにだけ光が当たってMCH神経が抑制される群、③レム睡眠のときだけ光が当たってMCH神経が抑制される群の3つに分けて、先ほどお話しした記憶を評価する実験を行ったのです。すると、起きているときとノンレム睡眠のときにMCH神経を抑制した群では特に記憶に変化はありませんでしたが、レム睡眠のときだけ抑制した群ではマウスの記憶がよくなったのです」

マウスに記憶させたあと、MCH神経の活動を①覚醒時、②レム睡眠時、③ノンレム睡眠時のそれぞれのときだけ抑制すると、レム睡眠のときにMCH神経を抑制した群のみ記憶が向上した
(図版提供:山中章弘教授)

ここから考えられるのは、レム睡眠のときにはMCH神経が活発に働き、記憶に重要な海馬の神経活動を抑制して記憶を悪くする、つまり記憶の消去が行われているのではないか、ということだった。